大和撫子を履き違えた彼女
真紀子って子がいて。
彼女は北陸地方のわりと裕福な家庭で育ち、父親は公務員、母親は専業主婦の家庭で育った三人姉妹の長女だった。
高校は地元では有名なお嬢様進学校へ通い、大学は立教。
当時住んでた家は社会人が住むような、学生には不相応に思える新築マンションだった(賃貸)。
真紀子は女子アナを目指していて、自分でもどこかには拾われるだろうと踏んでた様子で、端から見ても自信に満ち溢れる就職活動をしていた。
確かに美人の部類に入るし、品行方正だし、スタイルも良い。
だけど私は「無理じゃない?」って密かに感じていた。
女子アナを目指す子は私の周りにわりといて、真紀子がその中でも突出した見た目や能力や華やかな何かや人脈を持っていたわけではなかったから。
大体、女子アナを目指す子っていうのは自分に何かしらの自信を持っている。
それが見た目であることが大多数なんだけど、それだけで局アナになれるはずもなく。
実際にキー局のアナウンサーになってる人というのは、学生のうちから芸能活動をしていたり、太い人脈を持っていたり、親がそもそも権威があったり実家が超大手企業だったりする。
全てが極めて粒ぞろいの項目をふんだんに持って生まれた子達の中では真紀子は特段目立つ存在にはなり得なかった。
一見するとおしとやかで大和撫子を装う彼女のその実は、向上心に溢れ、自分は周りより秀でていると心底思っているような傲岸不遜なタイプ。
だから、局アナ試験に落ちた時の凹みっぷりは私の想像を超えていた。
落ちる度にいちいち寝込むんだよね(笑)。
高学歴女子は日本全体から見ればまだまだ少ないとしても、そもそも私や真紀子が狙う市場はそういう子達しか集まらないような企業だから落ち込んでる暇はない。
「寝込む前にどこかから早く内定貰う努力をしなよ!」って感じだけど、真紀子にはそのことは言わなかった。
「これまでよっぽど恵まれた人生送ってたんだね」と思いながら上辺だけの寄り添いを見せていた。
真紀子の真の姿を垣間見たというエピソードは3つある。
1つは、学生時代、他の仲間と一緒に泊まりでスノボに行ったんだけど、その時、彼女が来ていた服にこんなことが書かれてあった。
“亭主関白上等!こちら大和撫子”
それをいかにもな笑顔でアピールする真紀子。
はっきり言って誰も笑わなかったし、「なんだよ、それ(笑)」みたいな突っ込みもおきなかった。
「ほら見てよ!私こういうおどけもできるのよ!美人で高学歴なのにこの抜けた感じが可愛いでしょ♪」というオーラを纏った彼女の行動には男女ともに辟易としていたから。
なぜかって、真紀子は常日頃からあらゆる場面で「私は大和撫子なの。男性を立てて生きていきたいの」と発言しまくっていたから。
そんな女が目立ちたがり屋しか目指さない女子アナという職種を選ぶわけないやろ。
2つめのエピソードは、大学を卒業してからすぐのこと。
結局、キー局のアナウンサー試験はおろかテレビ局が募集する全ての試験に落ちた彼女は落ち込みまくり、その後まともに就活をできなかった。しなかったというか。
かといって、来年もリベンジ!するほどの意欲がなくなった真紀子は某テレビ局の受付に収まった。どこまでもテレビ局近辺の仕事を目指すところが真紀子らしい。本音を言えば、受付をする間に局のお偉いさんに見初められてあわよくば女子アナ、ダメでも他の職種に潜り込みたかったみたい(笑)。考えが乙女すぎて笑える(笑)。
この仕事は一年契約でかなり安月給。おまけに3年間のみという契約内容だった。
そのリミットが近づきつつある25歳、真紀子は焦る。
毎日つまらない仕事をして、プロデューサーが通る度に愛想笑いを振り撒くけれど、彼女が当初描いたコースには乗れそうもない。
だけど、契約が切れる期限は刻々と迫っている。
そんな彼女が次の就職先として考えたのが、まさかの結婚(笑)。
今時そこいく??
って皆が思ったけど、もはや誰も突っ込めない。
当時、真紀子は幹部自衛官と付き合っていた。そして結婚を迫っていた。でも結婚はできなかった。
彼から言われた別れ際の台詞が秀逸で、
「お前が30歳になっても結婚しなかったら俺のこと刺すだろ(笑)?」。
そう言って真紀子はふられた。本人からするとものすごくそれがショックだったらしい。
「仕事のこととか国の機密情報に関する調査とか手伝ったのに!」と愚痴っていたが、私から言わせれば、
国の機密情報を恋人に漏らすようなバカな自衛官としか付き合えなかったのかよ(笑)。
ですよ。
ていうか、そいつ本当に幹部だったのか?
本当ならこの国はヤバくないか??
この男と別れていよいよ焦った真紀子は、すぐに超大手外資企業で働く、彼女曰く「エリートコースばく進中」の男性と付き合う。
彼にも甲斐甲斐しく世話を焼くんだけど(良い奥さんになるアピール)、「俺、自分の将来のためにキャリアダウンした」という明らかに嘘丸出しな言葉を信じ、「そんな彼が高熱を出したから、仕事を抜け出して家まで介抱したりしてる」と私達に言ったりするところが真紀子らしい。
ここまでくると、痛いというより間抜けすぎて「可愛い」ってなるんだよね(笑)。
今度こそは結婚できる!と踏んだ真紀子と仕事に忙殺されつつあった私達は次第に疎遠になっていった。
真紀子と連絡を取らなくなって3年ぐらい経ったある春、彼女から久しぶりに電話がかかった。
出てみると、その内容は「美聡の会社で私を雇って貰えないか?その交渉をして貰えないか?なんでもやるから!」というもの。
必死さが怖いぐらいに伝わる彼女の声音で、あの男とも結婚してないことを察した。
そんなこと言われても、当時の私はまだ現場のペーペーだったし、美人だけどプライドばかり高くてできることは丁寧な電話対応といつでもどこでも誰にでもすぐに見せられる笑顔ぐらい。
この時代にパソコンすらまともに使えない真紀子に何ができるかわからなさすぎた。
「んー、人事に聞いてみるけど正直自信ないわあ」と返しながら、どんな風に彼女の気持ちを挫かずに断ろうかそればかり考えていたね。
1週間ほどしてまた彼女から電話が掛かり、紹介を催促された。
面倒だったのでその場で「真紀子にできそうな仕事はないみたいだよ」とムベもなく断った。
電話口でもわかるぐらい「怒」の雰囲気を醸し出されたけど、私は仕事中だったし適当な言葉で静かに電話を切る。
「もう真紀子から連絡が来ることはないだろうなー」と思っていたら、案の定こなかった(笑)。
真紀子は私だけではなく、大手企業に勤める学生時代の友達に手当たり次第で職探しの連絡をしており、仲間同士で集まるとたまに彼女の話題になった。
「今、札幌で化粧品の訪問販売してるらしいよ」と誰かから聞いた。
「真紀子もようやく自分の市場価値がわかったんだなー」ってキール(当時好きなカクテルだった)を飲みながら思った。
自分のスキルの棚卸しすらできず、年齢に応じた社会が求めるスキルもないのに、恥も外聞もなく手当たり次第に「仕事を紹介して!」と言える強さがある真紀子なら、訪問販売というハードルが高いと個人的には思う仕事にもきっと向いているだろう。
真紀子が痛かったのは自分の社会的な価値を客観的に把握しなかったことじゃない。
そんなことは誰もができない。
彼女を「痛いやつだなー」と周りに思わしめたのは、「やって当たり前の努力」をいかにも「自分だけが苦労賛嘆してやってますよ。みんなやってないでしょう?これできてるの私だけだよ!」って本気で思ってたことだと思うな。
私の記憶の中では、真紀子がすごく頑張ったことと言えば、自分を大和撫子だと周りに浸透させたいアピールと、結婚したくて仕方ないオーラを押さえきれずに彼氏に過剰な世話を焼いたことぐらいなんだよね。
今頃どうしてるのかなー。
特に会いたいとは思わないけどねえ(笑)。
さて、晩ごはんの買い出しに行きますか!