名前と感謝と触れること
名前をつけると愛着がわく。
名前をつけることで、その名前がついたもののイメージができる。
名前をつけて愛着がわくことで、良い効果がある。
例えば、物に名前をつけると、大切にできる。
私たち人間でだけではなく、ペットにも名前をつけるし、ぬいぐるみやオモチャ、車に名前をつけたり…他にも色々なものに名前をつけたりする。
・大切にしたいから、名前をつける
・名前をつけるから、大切にする
どちらもあると思う。
逆に名前がつくことで、良くないこともあるように思う。
例えば、病名や症状名。
名前がつくとは、ちょっと違うけど、何だか分からなかった不調や症状に何かしら「それを特定する名前(名称)がある」と知る、ということ。
または、自分の特徴的な癖や偏りなどについて、他にも同じような人たちがいて、「ある名前(名称)で表せる」と知る、など。
「ガン」という名前を、本気で「ポン」に変えようと活動している方がいるそうです。
『そもそもこの「ガン」という響きが良くない。頑固そうだし、気持ちまで重く暗くなる響き…「ポン」だったら、ぽんっ!と治りそうな気もするし、重く暗い気持ちになりにくい。』
確か、そんな感じだった。
今では絶対に治らない病気ではない。それでもまだまだ怖い病気。
『毎日お笑いを見て笑っていたら治った』という話を聞いたことがある。
「ポン」だったら、本当に笑って治りそうな気持ちにもなる。
それに、ガン細胞だって自分の身体の一部で、自分を作っている大切な細胞なのだ。
とある小さな神社へ行ったとき、友達とお守りを選んでいたら、杖をついた若い女性が来た。女性がお守りか何かを買っていたら、宮司夫人か「怪我したの?」と声をかけた。
続けて宮司夫人は
「怪我したところを撫でながら、ありがとう!ありがとう!って言ってあげるんだよ。そうするとね、早く良くなるからね!」
そんなことを言ってあげていた。
ちょうど少し前に、五日市剛さんの『なぜ、感謝するとうまくいくのか』という本を読んだことを思い出した。
心理学を学んだ母校『東京メンタルヘルス協会』で教えてもらった、セルフラブというのがある。
自分の味方は自分。いつも自分のために頑張っている自分の体を、自分で抱きしめて撫でながら、「今日もよく頑張ったね」と自分で自分に感謝して認めてあげるのだ。
失敗してしまった、うまく行かなかった、嫌な事があった…。それでも自分のために頑張ってくれた自分の体にありがとう!と感謝すること。
そして、「失敗しちゃったけど頑張ったよね私…」
誰が自分のことを責めたとしても、自分だけは自分のことを責めないこと。
人は、誰かにしてもらったことに感謝することは、あたり前にしている。
でも、自分が自分のために何かしてあげても、自分に「ありがとう!」と感謝することは…なかなか、ないと思う。
なのに、失敗したり、うまく行かなかったりすると、自分のことを責める。良くない自分には、たくさんの責める言葉を浴びせたりする。
私はいつもそうだった。
「こんな自分なんて!」「なんてやっかいな自分!」「なんでこんな自分なんだ!」「なんでみんなのようにうまくてきないのか!」「どうせ自分なんて駄目な奴だ!」「私は無能!」
心の中ではいつもそう言って、自分のことをいつも責めてばかりいた。
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20代の頃、ある時言葉を言えなくなった。
眠れず、目が覚めていても起き上がれず、外に出られなくなっていた。そしてとうとう言葉まで失った。
当時は「うつ」という言葉は今ほど世間に広まっていなかった。知っていた言葉は「自律神経失調症」くらいか。
心の問題だとは分からず、私はさらに自分を責めた。
「自分が弱いから」「自分がだらしないから」「自分がダメだから」…
病院に行くという選択肢すら、自分の中にはなかった。
ある人のおかげで、その後言葉も言えるようになり、普通の生活を送れるようになったのだが、この時もし、病院に行って「うつ」と診断され、薬を処方されたりなどしたら、私はどうなっていたのか?何年も経ってから、そんなことを思った。
実際、病院に行っていないので、「うつ」だったのかどうかは分からない。その後「うつ」を経験した人の話などをテレビや何かで聞いた時に、もしかしたら…と思ったのだ。
「うつ」という言葉を知らなかったことで、自分をさらに責めることになったとしても、知らなくて良かった、とも思う。
今は心の問題について、いろんな症状名がある。
「適応障害」「不安障害」など、おそらくは、重症化する前に適切な環境を整えるためにも、こうした段階的な症状を診断する側面もあるのかな?と、勝手に想像している。
とは言え、何かしら「名前・名称」を付けられると、逆に不安を煽ることにもならないかな?と、心配になる。
本来は、もしかしたら、「今から気をつければ大丈夫だよ!」「頑張りすぎてない?ちょっと立ち止まってみようか」という前向きな意味があるとしても、なんとなく、世間ではそうではない意味合いが強い気がしてしまう。
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私が言いたいのは、ちゃんと名前が付いている、この自分に感謝してあげようよってこと。
自分を抱きしめて、撫でてあげようよ。
だって、いつも自分のために頑張ってくれているのは、自分自身なんだから。
●大切な人を抱きしめるように
●大切な人に優しい言葉をかけてあげるように
●大切な人の存在に感謝するように
自分のことも抱きしめて、優しく触れて、優しい言葉をたくさんあげようよ。
ちゃんと名前があるのだから。
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