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件名:課題期限延長のお願いとお詫び

W教授

平素お世話になっております。某組の藤田です。
本日期限の課題について、期限延長の了承を得たく連絡致しました。
つい三日前、私の日頃の不摂生のせいでしょうか、発熱致しまして、翌朝まで高熱が続くものですから、近くにある病院に伺ったところ、インフルエンザ陽性であるとのこと。それから大学を休んで静養しておりましたところ、やっと今日の昼頃から体調が回復して参りまして、頭の痛みもほとんど消えてきています。最近の薬の効果覿面なること、医学研究者とその厳しき道を辿る医学生なる友人達には、誠に頭が上がらないと常々思っております。一方無力役立たずの私は、教授のような偉い学者になりたいと、確かに心より思っておりますのに、こうして大事な時期に流行り病に倒れ、窓から溌剌なる小学生の束になって帰りゆく様子を眺めつつ、時間を無為に費やしていることの悔しさやら切なさやら。気が半分狂いそうでありました。涙すらこぼれてまいりました。ですから、本日自分の身体が思い通りになったときには、やっと先生から頂いた課題に取り組めると、それはそれは踊りだしたいような嬉しさでありました。しかし、確かに今まで少しずつ進めてきたのではありますが、何分ここ直近の二日間を無駄にしてしまいましたから、先生の崇高なる理想!に叶うよう準備していたようにはいかなく参りました。今現在、全力を挙げて最後の調整をしております。よろしく、期限の延長をお願い申し上げます。明日の朝には出来上がっているものと思います。何卒、締め切りに間に合わなかったことをお許しください。

藤田 翔


私は文章が描き終わると、何度も何度も読み直しては、罪の意識で手が震え、しかし許されないことだけが心苦しく、送信ボタンに翳したカーソルをえいやと押し込んだ。送信完了の表示が出てすぐ、なぜ明日の朝までには出来上がっている云々と書いてしまったのか、自分を責めた。だが、一応の安全は手に入れた。もう寝てしまおうかと思った。不幸は最悪ではない。胸の痛みが心地よく、反対に酔ったような気分になって、わが生命に感謝する。忌み嫌うべきは不愉快である。不愉快は何をしても不愉快であるから仕様がない。不愉快な人、不愉快な世の中、そして何より人に強いられた期限が不愉快。勤勉さは善なるか。しかし肉体は有機。お前はカフェインが善の源と言うか。私は不幸の撲滅に興味を失った。お前も騙されていたのだ。滅ぼすべきは不愉快ではなかったか。

私の舌先から発した革命の行進は精神にたどり着き、気が付くと私は寝っ転がっていて身動きが取れなかった。これもまた仕様もない。しかし今日の眠りも浅かろう。


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