短編『ある男の欺瞞と最後の常套句』。。🥺💘
その男は何気に私に近づいてきた。
毎朝同じ時刻に同じ場所で反対方向からすれ違う男。
それがその男であった。
その男は自分の容姿に自信があるのか全てが積極的だった。
毎回同じ場所で会う私とその男は何度か会う内に軽い会釈を交わすようになり、それが軽い挨拶に代わり、ほどなく会話をする程度までに関係が進んだ。
よく見るとその男は西洋風の彫りの深い整った面立ちでおまけに長身。
普通、それは俗に言うハンサムという部類に属するのだろう…
私もいつしかその男に淡い恋心を頂くようになっていた。
豪快な話ぶりに声高々に笑うと白い歯が清潔感を誘い、頬に出来る片エクボは彼のチャームポイントだった。
歳の頃は50を幾つか過ぎているのだろうか、スラリとした長身とスポーツで鍛えたらしい肉体がその男をより若く見せた。
まさにその男に声をかけられた女は、私でなくともイチコロだろう。
その男と私は朝以外に会うことはほとんどなかったが、次第に新密度を増していった。
暫くすると私はすっかりその男の虜になっていることに気付いた。
歯に衣着せぬ飾らぬ物言い。すれ違い際に漂うアフターシェーブローションの香りはまるで女性の残り香のように妙にわたしの鼻腔を擽った。
その男はなにげなさそうに見えて全て自分の中に計算と演出があったのだろう。
そう狙った獲物は逃がさない。という自負と共に…。
私はまんまとあの男の罠にかかったのである。
そして短くも蜜月は続いた。
その関係は普通の男女の関係とは程遠く、逢瀬とは違うまるで昔の文のやりとりの様。
不定期に送信されるメールを私が受信し返信するだけのやりとり。
毎日ではない。おそらくその男の気分で送られてくる取り留めもない言葉なれど、その時の私には嬉しかった!
もう私自身、恋愛には程遠い年齢になっていたから、尚更単なる他愛ない言葉の羅列であれ、恋文に思えたのだった。
一方的に送られてくるその男のメールに返信するだけの関係。
言葉だけの取り留めのないやり取り。
その男は単身赴任。そして私は人妻。
そんなやり取りでも私には秘め事。
ときめきは止むことはなかった!
夫には微かな後ろめたさはあったが逢って肉体を重ねる訳でもなく、単なる言葉の連なりの遊び。
その男にとっては単なる暇潰しだったのだろう。
でも別れとはある日唐突にやってくるものだ。
それは私が犯したミス。
踏み込んではいけないその男の領域、私生活に踏み込んだ瞬間、やりとりは止まった。
暫く返信がないまま、日にちだけが虚しく過ぎたある日。
『大人だから、分かるね!』
『なにも無かったんだから』と…
「え、それだけ。たった一言それだけ😱」
あの男はその言葉の通づる女しかくどかないのだろう、きっと…
安上がりで誰も傷付かないと思っているのだろうか⁉️
そして、あの男は私に何を望んでいたのだろう。
いつか、落とそうと思っていたのだろうか⁉️
あの男の本意の分からぬまま二人の関係は消滅した。
今でも出会うあの男と私。
なにもなかったかのように通り過ぎるあの男だった。。。🥺💘
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