ライセンス契約のこころ
知財系 Advent Calendar 2020 18日目のエントリーです。
にょんたか さんからバトンを繋いで頂きました。
法務系アドベントカレンダー2020で にょんたか さんにバトンを渡したはずなのに、1日でバトンが戻ってきた感が……(焼肉、いきましょう)
(法務で燃え尽きたとか、言ってはいけない……)
ライセンス契約の要素
知的財産権のライセンス契約については多くの本が出版されており、いわゆる契約条項を解説したものから、最近では、松田俊治先生の「ライセンス契約法 ー取引実務と法的理論の橋渡し」のような実定法の理論との関連性を詳説したものまで様々なものがあります。
しかし、これらのライセンス契約本では、ライセンス契約においての重要な構成要素に関する記述が薄いことが多いことに気づきました。
同時に、多くの知財・法務担当者は、この要素を契約書作成の過程でスルーしているのではないかという危惧を持っています。
それは「実施権(利用権/使用権)の範囲」です。
以下、特許権を例に話を進めるので、単に「実施権」ということにします。
今回は、(どちらかというと)知財業務に携わり始めたばかりのビギナー向けに、最近の自分の問題意識を共有させて貰いたいと思います。
実施権の範囲
ライセンス契約は常に有償とは限らないので、ライセンス契約の最小構成要素は、実施権の対象となる発明と実施権を認める範囲の2つになります。
ところが、多くの知財・法務担当者(そして多くの外部弁護士)は、事業部が記載してきた「実施権の範囲」をそのままにしているケースをよく見かけます。
これはライセンス契約に限りませんが、実際に行われようとしているビジネスに関心を持たずに契約に向き合うと、本来的な契約の要素への関心が薄れ、抽象的なライセンサー・ライセンシーの契約上のリスクヘッジばかりに手を動かしてしまう傾向があります。
例えば、実施権の範囲といっても、その期間や地理的範囲については(国際出願や権利維持の問題もあるので)よく見ていても、肝心の内容をスルーしていないでしょうか。
第●条(実施権の範囲)
前条の実施権の範囲は、次の通りとする。
地域 日本国内
期間 平成●年●月●日から平成●年●月●日まで
内容 特許発明の全部
吉川達夫他「ライセンス契約のすべて 基礎編」(第一法規)より一部改変
そのような状態のままでライセンス契約を締結してしまうと、過剰に広く実施権を認めてしまったり、反対に、予定した事業展開に必要な実施権を確保できていなかったりしてしまうおそれがあります。
過剰に広く実施権を認めてしまう
前記の引用例のように「特許発明の全部」としているライセンス契約は、非常によく見かけます。
特許発明の範囲は、特許権の登録番号等が特定されていれば、その請求項に書かれた特許請求の範囲と同じであり、特定の難易度は高くありません。
しかし、折角、弁理士が手間をかけて広く確保した権利範囲をまるっと差し出すのが本当に適当なのでしょうか。
例えば、ある疾患の治療薬の発明で、作用機序に照らせば、ヒトと動物のどちらでも効果効能があることが見込まれるものがあるとします。
仮に、適切にサポート要件などが満たされていれば、特許権としては、ヒトと動物の治療薬のどちらも権利範囲に含まれるクレーム・ドラフティングを目指すはずであり、結果として、請求項自体には「ヒト」や「動物」といった単語は含まれていないかも知れません。
この特許権を持つ大学発ベンチャーが、実際の創薬のためにライセンス・アウトを考える場合、ヒトの治療薬と動物の治療薬ではプレイヤーが異なる場合が多いため、仮にヒトの治療薬の開発を先行させる場合には、今後の動物の治療薬について別のパートナーを探す余地を残しておく必要があります。
にもかかわらず、ヒトの治療薬のパートナーである製薬会社に対して「特許発明の全部」で実施権を設定してしまうと、(それが非独占的な通常実施権であったとしても)以後に動物の治療薬のパートナーに独占的な実施権を設定する余地がなくなります。
こうなってしまうと、動物までカバーするかたちで権利を確保した意味がなくなってしまいます。
前条の実施権の範囲は、次の通りとする。
内容 特許発明のうち、ヒトに投与される治療薬
製薬分野は比較的分かりやすい領域で、他にも一つの特許発明を疾患領域ごとに分けて独占的な通常実施権を複数のパートナーに対して設定することは珍しくありません。
一方で、機械や電気(IT含む)の分野では、このあたりを意識的に分けずに実施権の範囲を記述している契約が散見されます。
自社が(独占的に)自己実施する予定があるのであれば、その範囲を実施権の範囲からカーブアウトするのは当然ですが、ライセンスを小分けして販売する余地がないのか、きちんとヒアリングする必要があります。
予定した事業展開に必要な実施権を確保できていない
こちらは、実施権の範囲において、直近で予定している製品やサービスをそのまま記載してしまうケースです。
例えば、検査の道具の発明と検査の方法の発明がある場合で、直近で検査の道具の製造販売を予定しているライセンシーの立場に立った場合、実施権の範囲として以下のような記載を見かけます。
前条の実施権の範囲は、次の通りとする。
内容 特許発明を利用した非破壊検査機器
これは一見合理的なのですが、ライセンシーとして、非破壊検査機器の販売ではなく検査受諾事業も含めたビジネスモデルにしようと考えている場合はどうでしょうか。
ライセンサーの持つ特許権が方法の発明をカバーしている場合、特許発明の方法による検査の実施は、非破壊検査機器という物の発明の実施許諾だけでは不十分です。
そのため、担当者は直近の事業計画だけでなく、中長期的な事業展開を視野に入れたヒアリングを行い、実施権の範囲が事業の拡張性を受け止めきれる記載になっているのか確認する必要があります。
なお、物と役務(サービス)の両方を想定できているライセンス契約でも、ライセンス料の計算方法では役務(サービス)の提供が物の譲渡と区別して記載されているのに、実施権の範囲の記載が物だけというものも見られます。
当事者の意思を合理的に解釈すれば、物の発明の実施許諾に基づいて製造した物を利用した役務提供は許諾範囲に含まれていると読み込めると思いますが、第三者から調達した物で役務提供をすることが含まれるのかなど、疑義が残ってしまうので注意が必要です。
おわりに
ライセンス契約に限らず、知財・法務担当者は、勉強すればするほど、テクニカルな条項は注意深く見て、本質的な要素を見落とさないように注意する必要があります(自戒)。
それは、本来「些末」なことなのですから……。
なお、本当は、鬼滅の刃のキャラクターたちの柄の話を書こうと思っていたのが、時間が足りずに予備の案でエントリしてしまいました。
来年はYoutuberは目指してみたいと思っているので、どっかにそちらのネタは回したいと思います(突然の宣言)。
次は しらかわあずま さんです!