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インハウス弁護士のコンフリクト管理

以下のメンションを頂いたのですが、ツイートで返信すると話が長くなりそうなので、久しぶりにnoteでまとめることにしました。

コンフリクトの種類

一言でコンフリクトといっても、インハウス弁護士にとっては、「利益相反(COI: conflict of interest)」と「競業避止(non-competition)」の2つの意味合いがあるので、これらは区別して考える必要があります。
プライベート・プラクティスのみを行っている弁護士の場合は、基本的には利益相反だけを気にしていれば良いですが、インハウス弁護士や役員などの営利活動に従事している弁護士は、所属企業との関係で競業避止にも注意する必要があります。

インハウス弁護士の利益相反

利益相反については、インハウス弁護士とプライベート・プラクティスのみ行う弁護士とで、その規律に差はなく、弁護士法第25条、並びに弁護士職務基本規程第27条、第28条、第57条及び第63条ないし第67条に定める職務/業務を行い得ない事件に当たるかどうかを気にしていれば足ります。

ところで、インハウス弁護士にとって、所属企業自体は他人の法律事務を行い得ないので、インハウス弁護士はあくまで本人(所属企業)の法律事務を行っているに過ぎません。
しかし、知財高決令和2年8月3日は、インハウス弁護士が所属企業が特許訴訟提起の準備を担当した後に、同社を退職し、その特許訴訟において以前の所属企業の相手方の訴訟代理人となった事案について、このことが「相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件」(弁護士職務基本規程第27条第1号)に当たると判断し、最高裁もこの前提は否定しませんでした。
インハウス弁護士からみて、所属企業との関係が「協議を受けて賛助し」たと評価されることには違和感が残りますが、同規程の制定趣旨に鑑みれば、合目的な解釈がされたものとして受容できる内容かと思います。
従って、現時点では、インハウス弁護士にとって、所属企業が当事者になる紛争や交渉については、職務を行い得ない利益相反が生じうることに注意する必要があります。

一方で、当事者が一致しているだけであれば、常に職務を行い得ないわけではありません。弁護士職務基本規程第28条は、依頼者や相手方の同意があるときは、一定の類型の利益相反事件の受任を認めています。インハウス弁護士にとって注目すべきなのは、第2号と第3号でしょう。

第二十八条
弁護士は、前条に規定するもののほか、次の各号のいずれかに該当する事件については、その職務を行ってはならない。ただし、第一号及び第四号に掲げる事件についてその依頼者が同意した場合、第二号に掲げる事件についてその依頼者及び相手方が同意した場合並びに第三号に掲げる事件についてその依頼者及び他の依頼者のいずれもが同意した場合は、この限りでない
一 相手方が配偶者、直系血族、兄弟姉妹又は同居の親族である事件
二 受任している他の事件の依頼者又は継続的な法律事務の提供を約している者を相手方とする事件
三 依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事件
四 依頼者の利益と自己の経済的利益が相反する事件

先述の判例を踏まえると、インハウス弁護士にとって、所属企業は「継続的な法律事務の提供を約している者」といえます。そうであるならば、所属企業を相手方とする事件は、依頼者と所属企業の両方の同意があれば、受任が可能です。もっとも、この類型について、所属企業が同意をする場面は想定しづらいと思いますが……。

一方、依頼者(所属企業)と他の依頼者の利益が相反する事件については、そもそも同号のいう「利益が相反する事件」の範囲がある程度は限定的に解釈されているので、あまり過度に心配する必要はありません。
すなわち、日弁連倫理委員会「解説 弁護士職務基本規程(第3版)」によれば、同号の利益とは「法律上保護に値する利益」を指し、「形式的に利益が相反すると見える場合であっても、実体的に利益が相反しない場合や潜在的な利益相反関係にはあるがそれが顕在化していない場合は、これにあたらない」とされています(同91頁)。
従って、所属企業と依頼者が市場で競合しているというだけでは、規程第28条第3号に当たるとはいえないので、ここはかなり柔軟に受任する余地があります。

現実の利益相反管理

結論からいえば、インハウス弁護士がプライベート・プラクティスを兼業する場合、所属企業が相手方になる取引や争訟を回避することを徹底してれば、少なくとも弁護士法又は弁護士職務基本規程上は問題は起きません。

もっとも、経験上、以下の2類型はトラブルにつながるおそれもあり、注意が必要です。

依頼者が所属企業と取引や争訟に入ろうとする場合

依頼者はすべての取引を弁護士に教えてくれるわけではありませんし、インハウス弁護士が所属企業のすべての取引を把握しているわけではありません。そのため、依頼者向けに作成した契約書案が所属企業へ提示されるといった事態が生ずる可能性は十分にあります。

基本的に、弁護士本人が所属企業が相手方になる取引や争訟であるという認識がない限りは、結果的に利益相反状態になったとしても、直ちに懲戒に繋がる弁護士倫理違反ということにはなりません。しかし、できる限り、このような事態は回避する必要があります。

そのために重要な予防策は、プライベート・プラクティス側の依頼者に対して、予め所属企業を開示し、所属企業が相手方となる取引や争訟については受任できないことと、相手方となり得る可能性が高い場合には辞任することがあることを受任契約で明記しておくことです。
また、所属企業側で、プライベート・プラクティス側の依頼者を相手方とする取引や争訟の担当から外れることも大事です。しかし、所属企業が「一人法務」の場合は、担当を回避することができません。したがって、一人法務の場合の兼業はリスクと隣り合わせになることを認識する必要があります。

依頼者が所属企業と競業になり得る場合

さすがに、現に競業関係にある会社の依頼を受けるインハウス弁護士はいないと思いますが、依頼者が所属企業の将来的な競業の可能性は完全に排除されません。
競業関係自体は、弁護士職務基本規程上の利益相反に当たらないことは先述のとおりですが、インハウス弁護士は、労働契約上の一般的な競業避止義務を負っている可能性があり、この点には注意する必要があります。
(なお、従業員レベルで競業避止義務を定めた契約が常に有効かどうかは、別の問題です。)

私は、プライベート・プラクティスを行うことについて兼業・副業の申請をすれば、依頼者ごとに所属企業へ申請をし直す必要はないと考えています。しかし、すこしでも所属企業と競業関係が生ずるおそれがあると考えるのであれば、その依頼者については、改めて兼業・副業の申請をして、競業避止義務に違反しないことの確認を求めるべきでしょう。
そのためには、依頼者に対して、依頼者や事件の概要を所属企業に開示しうることの同意を得ておく必要があります。

また、競業避止義務がない場合であっても、情報のコンタミが生じて、依頼者との秘密保持義務に違反してしまうおそれは残ります。
そのため、私は、依頼者が所属企業と潜在的に競業しうる場合には、プライベート・プラクティス側の依頼者に対して、所属企業に漏れると困る情報は自分へ開示しないことを求めるようにしています。このような一種の免責同意(waiver)がないと、開示された後に身動きが取れなくなるおそれがありますので、気をつけましょう。

(このあたりは、ここに書いています。)

利益相反は管理すべきもので、絶対悪ではない

これはいろんな場面で言っていることですが、リスク同様、利益相反は「管理」されるべきものですが、絶対悪ではありません。
絶対に受任してはいけない事件だけではなく、当事者の同意があれば受任できる事件や潜在的な利益相反にとどまるけれどトラブル要素がある事件といろいろな種類があります。
兼副業を考えるのであれば、利益相反から100%逃げることはできないですし、するべきでもありません。

そうはいっても、やはり利益相反は怖いものです。
一人で判断に悩むときは、適切な人に相談すべきですし、何より、依頼者や所属企業に対して誠実であることは、万が一の場合の命綱になることもあります。
弁護士法や弁護士職務基本規程が保護している依頼者の信頼を損ねないように気をつけていきたいものです(自戒を込めて)。


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