反「倫理」チェックという憂鬱
2021年の 法務系アドベントカレンダー #裏legalAC 16日目のエントリです。
今年は、高橋 健太郎/Kentaro Takahashi さんからバトンを繋いで頂きました。
現在の立ち位置
昨年のエントリ後、株式会社JMDCへ転職し、執行役員としてリスクマネジメント全般を担当するようになりました。
そんな中、迎えた東京2020大会。
街から五輪の掲示が消えていく中、ふと、夏の開会式を巡る、演出担当者や作曲者の解任・辞任劇を思いだし、今後の実務を考えると憂鬱になってきたので、すこし散文を書いておきます。
反社チェックの実務
話は変わりますが、法務担当者であれば、契約書中で日常的に見かける典型条項の一つに「反社会的勢力の排除」にかかる条項、いわゆる暴排条項があります。
自社の役員、従業員等だけでなく、取引先が「反社会的勢力」に該当すると契約の解除につながるこの条項は、各自治体の定める暴力団排除条例だけではなく、証券取引所の定める上場基準の遵守のためにも、実務上は必須の条項となっています。
そのため、多くの企業が取引先の与信チェックの一環として、取引先やその代表者などが反社会的勢力に該当しないかを確認する「反社チェック」もまた、法務をはじめとするリスク管理部門の日常業務です。
例えば、弊社の暴排条項では、以下のような定義がされています。
各当事者は、いずれかの他方当事者(以下「反社関係当事者」という。)の従業員等が、暴力団、暴力団員、暴力団員でなくなった時から5年を経過しない者、暴力団準構成員、暴力団関係企業、総会屋等、社会運動等標ぼうゴロ又は特殊知能暴力集団、その他これらに準ずる者(以下「反社会的勢力」という。)に該当し、又は反社会的勢力と以下の各号のいずれかに該当する関係を有することが判明した場合には、何らの催告を要せず、利用契約の全部又は一部を解除することができる。
暴力団に関連する定義は暴対法が提供してくれますが、総会屋以下の部分は、単なる無法者と反社の境界線が曖昧で判然としません。
何より問題なのは、正確な構成員やフロント企業のリストを管理する警察に対して、日常的に反社への該当性を照会するわけにもいかないということです。
そのため、実際の反社チェックは、法人名や代表者名をGoogle検索や日経テレコンのような報道データベースで検索し、過去の事件の記録から該当性を担当者が判断するのが一般的です。
反社チェックを担当する人以外にはあまり知られていませんが、市販の反社チェックを対象としたサービスは、このような公知の事件情報の検索を効率化してくれるだけで、法人名や代表者名を入れたら反社該当性という答えを返してくれるようなサービスは存在しません。
輸出管理やAML・CTF(資金洗浄防止・テロ資金対策)のように、行政が提供する「ブラックリスト」はありません。
一私人がインターネット上で検索し、特定の法人や個人が「反社」かどうかを評価し、その程度のプロセスでラベリングをする。
その危うさとラベリングの不利益の深刻さを認識しつつも、私ももれなく、上場企業だから仕方ないと漫然と従前の慣行を踏襲しながら、日々を過ごしていました。
"Politically Correct" 審査が必要になる日
そして、社内で守秘義務契約書に暴排条項を入れるか否かを社内で議論した頃に飛び込んで来た五輪開会式の演出を巡る騒動。
Twitterのタイムラインを追いながらを当時の私が感じたのは、
「あぁ……とうとう『反倫理チェック』をする日が来てしまったのか。」
という、諦めというか、むなしい感想だったのを今でもよく覚えています。
この騒動で批判の的になったのは、開会式自体で採用された演出の内容ではなく、クリエイターが過去に行った表現や発言が、社会に許容されない程度に「倫理的に正しくない」(Not Politically Correct)ことにありました。
あのタイミングで辞任や解任をすべきであったかはさておき、選任時にクリエイターが過去に行った表現や発言を把握していれば、彼らを選任しなかったであろうことは容易に想像がつきます。
リスクマネジメントに責任を追う者として、一連の報道を見てすぐに考えたことは、同様の騒動をどうやったら「システマチック」に防止できるのかという点です。
そこで、類似のシステムとして想起したのが反社チェックであり、一連の騒動のような自体を事前に防ごうとすれば、同様のアプローチしか残っていないということでした。
反倫理チェックというディストピア
過去の表現や発言に基づいて特定のクリエイターを排除することの是非は一旦脇に置くとして、これを仮に「反倫理チェック」と呼んで、実務で運用を回していくことを考えるとします。
担当者としてあると非常に楽なのは、第一に「反倫理的なクリエイターのブラックリスト」になります。
いきなりディストピア感が全開で、初手から気が滅入りますが、あなたが反倫理チェックを任されたら、きっとこれが欲しくなります。
ブラックリストが無理だとして、次点で考えられるのは「クリエイターの過去の表現や発言のデータベース」で反倫理的なものがないかを検索するこです。
反社チェックであれば、インターネット上の犯罪歴などは時間が経過すれば「忘れられる権利」により消えていく可能性もありますが、本人がした表現や発言となると、むしろ表現のアーカイブとして保存されていくでしょうから、たぶんいつまでも検索はできるでしょう。
とはいえ、反社チェックと違って、個人の表現や発言となると範囲が広範すぎるため、キーワード検索をするにしても相当の工数がかかるのは容易に想像ができます。
そうなれば、第三者が「反倫理性」をラベリングしたデータベースが必要になってくるかもしれませんし、そのためのプロファイリングのモデルも出てくるのかもしれません。
とはいえ、そんなものは表現の自由との衝突やGDPRのプロファイリング規制も考えると、実現の可能性は低いように思われます。
こうなってくると、リスクマネジメントの担当者が何を考えるかと言えば、それはリスクを他人に転嫁することです。
つまり、クリエイターと直接契約せずに、広告代理店と契約して、反倫理的なクリエイターに再委託しないことの表明保証を書き込むのです。
おそらく、反倫理チェックが一般化すれば、広告代理店側からこの手の倫理的廉潔性を保証するサービスも出てくるでしょう。
担当者としては、これが一番楽です。
それもダメだとすると、あとは、古くからの知り合いに頼むくらいしか選択肢はありません。
思考実験の大切さ
五輪開会式の演出担当者の選任は、確かに適切ではなかったかもしれません。
ですが、リスクマネジメントに携わる人間として、同様の「事故」を防止するための対策を日常業務に落とし込もうとすると何が起きるのかを冷静に考えると、憂鬱になるのです。
私たちは、クリエイターを「倫理観」でプロファイリングする世界も、広告代理店を通さなければ安全に外注できない世界も望んでいないはずなのに……。
世の中、何でも事前に防止しようとせず、社長と並んで、事故ってから頭を下げる練習をしておいた方が良いこともあるのかもしれません。
少なくとも、その方が好きなクリエイターを選べるのですから。
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あぁ、キャリア論とどっちを書こうか悩んだ結果、憂鬱なエントリになってしまいました。
明日(2021.12.17)は、去年と同じく にょんたか さんです!