『コミュニティーとコミュニティーの橋渡しをしたい』元自衛官・現大学院生 鐘ヶ江紗里さん
18歳から自衛隊という特殊な環境で衛生科隊員として活動する中で、よりもっと他国や組織間の連携を取るために学びを深めたいと、大学院へステージをチェンジしたばかりの探求心あふれる鐘ヶ江さんにお話を伺いました。
プロフィール
出身地:福岡県
活動地域:東京都千代田区
現在の活動:東京都内大学院生 博士課程
同期メンバーらとNPO法人
AURORAを立ち上げる。
経歴:高校卒業後、衛生科隊員として自衛
隊入隊。国内外の災害看護に従事。
2018年 自衛隊を退職
同年 東京都内大学院 博士課程入学
座右の銘:何もせずにくるは明日
コミュニティーとコミュニティーをつなぐ橋渡しをして行きたい
Q:どのような夢やビジョンをお持ちですか?
鐘ヶ江さん(以下、鐘ヶ江 敬称略):コミュニティーとコミュニティーをつなぐ橋渡しをして行きたいと思っています。現在、大学院で共同災害看護学を専攻していて、日本の医療の課題にフォーカスを置いています。行政と地域がちょっと離れている印象があって、世界でもそうですが、日本としてもそこをくっつけようとしている動きはあります。
自分としては活動の中で、海外に行って海外の医療システムを学びながら、どういう人たちがこの村の医療を担うために何をやってるんだろうとか、どういうことを勉強しているんだろうとかを学びたいと思っています。私は、リーダーとフォロワーの相互関係にとても興味があるので、その地域の各リーダーがどういう人で、周りの人たちはどういう風に彼らを魅力的に思って着いて行くんだろうというのを見たいと思っていまして。今後、自分の活動として学んだことを社会に還元して変えて行きたいなって思っています。
Q:リーダーとフォロワーの理想的な相互関係が出来るコミュニティーを作りたいということですか?
鐘ヶ江:そうですね。作りたいっていうのもあるし、外国に行って、すでにあるコミュニティーのその実態を知って学んで来たことを他のコミュニティーでどう活かせるかというのを検討してみたり、こういうあり方がありますよって提供してみたり。でもこの地域ではどうだろうっていうことが出来るのが、研究者であり実践者として出来ることかなと思っています。
Q:では、コミュニティーがより成長していくように情報を提供したりとか、あと実際に実践の場を提供したりとか、教育的なことをして行きたいということでしょうか?
鐘ヶ江:そうですね。それがもしかしたら将来、自分に出来ることかもしれません。
ベースはやっぱり、いろんな価値観の人をどう理解していくのかということ
Q:それを具現化するために、どんな目標や計画を立てていますか?
鐘ヶ江:看護師なんで、災害看護の経験を積んで行くことと、学術的な知識を深めることもそうですが、ベースにはやっぱり、いろんな価値観の人をどう理解して行くのかと言うところは今後の計画としては、将来にわたり続けていきたいと思っています。
去年の11月にアフリカに行ってきたんですけど、大学院卒業後はアフリカで少し研究をやってみたいなと思っています。ゆくゆくはあっちに。
Q:その目標を達成するために、日々、どんな活動をされていますか?
鐘ヶ江:具体的な活動でいうと、NPO法人AURORAというのを4月から本格始動させます。
それは、国内にいる在日在留外国人の方の災害時の支援っていうのを考えていて、まさに情報格差。本当に災害の時に必要な情報が不平等になってしまっているっていう現状に対して、災害弱者になってしまっている外国人の方へ、せっかく仕事も留学も旅行も含めいろんな国の中であえて日本を選んで日本で過ごしたいと思ってきている方を、災害の時にのけ者にするのはおかしいのではないかというのが根底にありまして、それでその立ち上げの活動の中で新たな人、外国の方ですね、とコミュニケーションをいかに取るかっていうのがメインになるんですけど、まずは情報発信というところをメインにしています。災害の時に正しい情報、内閣とか公的機関が出している情報を精査して翻訳して発信しているということと、防災とか災害に関する教育というのを日本語学校とか企業とか、外国の方が多い地域や部署にやっていくこと。そういう活動の中で、自分自身が様々な人の理解をしていく事を学べるし、向こうにも日本の状況をお伝えできるのかなって思っていまして。それこそ相互ですね。相互の学び合いをしていく。独りじゃないです。みんなで。
Q:オーロラは鐘ヶ江さんが立ち上げたのですか?
鐘ヶ江:今の大学院の1年生のメンバーで立ち上げました。ちょうど去年の大阪の地震の時に外国の方が全然情報をとれなくて空港で大変だったという課題があって。そのあとに法案が決まって、外国の方がどんどん来る状況があり、働く方も学業で来られる方もいる中で、その間を取り持つ人がいないよねって話になりました。行政とか国は言語化しているものを発信していますって言うけど、でも旅行に行ったときに災害に合って、そんな「千代田区」とかって検索するアイデアは出ないし、自分がヨーロッパとかに行ったとして何地区なんてわからないし、その国のHPに行くっていう考えは絶対にないよねって話になって。
もっと身近なSNSも発達しているし、それこそ人付き合いで彼らも動いているって統計もあったんですね。大阪の災害の時に彼らが一番最初にとった行動は、自分の国の友人に連絡を取る、日本にいる知人に連絡を取る、ホテルに連絡を取るなど、まずは自分の知っている人に連絡するという統計が出ていました。なので、そこを起点に情報をちゃんと発信するシステムを創る。それで少しずつ繋がりができればいいなって思ってます。
Q:その活動をしながら新たな気づきや学びはありますか?
鐘ヶ江:そういうことをやっている団体がないというのは新たな気づきでした。
外国の友人とか留学生のお手伝いで一緒に不動産を回っていた時に、日本は地震の多い国だからどうしてもコンクリートの家がいいと言ってて。そしたらその欄に「ペット可、外国人要相談」と書いてあったんですよ。要するにペットと同じ欄に外国人のことを載せていて、友人が「ペットと同じなんだな」って言った言葉が、なんか日本ってグローバルとか言っておきながらこんな失礼なことするんだなってすごく思って。やっぱり災害が起きた時に、その時まで一緒であったのに、急にさっと線を引かれているようなところがあるなと思って。西日本豪雨の時も、宗教上お風呂に入れない方とかに対する対応が全然できていない問題があったりとか、水をどこでもらえるか知らなかったりとか。彼らと一緒に生きていくという割にはのけ者にしているっというのが新たな気づきで、これは日本人として解決しければならないことなんじゃないかなあって感じています。
日本としての国際社会の中で展開するリーダーシップや連携の在り方
Q:今の活動をされたきっかけは何だったのですか?
鐘ヶ江:大きいのは2015年のネパールの国際緊急援助隊での活動で、その時に自分自身初めて外国の全く違う文化の方に看護をする経験をして、理解が必要だなと思いました。一方で、看護師ならではのその人を理解するっていうのはものすごく強みだし面白いなと感じました。
災害の時こそ日本人がもともと持っている優しさとか協調能力とか手を合わせてご挨拶したりとか、そういうところが明らかにほかの国の支援者と違いがあって、連日日本人はすごい人気だったんですね。私たちチームは、自衛隊で迷彩服を着ているけど、軍人でありながら武器を持っていないし、必ず挨拶して「どしたの?」ってところから始めることに彼らはものすごく感動して、「軍人ってこんなにやさしいの?お前ら戦えるの?」って言われました。「守るだけです」って言ってたんですけど。そこで、日本人の真面目、優しさ、勤勉っていうのは、ものすごく国際社会の今後のリーダーシップの中で強みだなって思ったんですね。それを生かしたリーダーシップっていうのがあってもいいんじゃないかなって思います。まさにそのコミュニティーっていうのは、国とか地域の文化の違いによってリーダーシップとかチームのあり方とか違うし、その中で一個日本としての国際社会の中で展開する連携の在り方っていうのはあるんじゃないかなって思って、今回大学院に進学する決断をして退職しました。すごくやってみたいなぁって思っています。
Q:自衛隊や海外で活動される中で、日本に対するイメージで変わったり深まったりしたことはありますか?
鐘ヶ江:去年の夏、ミャンマーの難民キャンプに行って難民の子たちの学校に行ったら、ものすごい質問攻めにあって、外国人って面白い標的っていうかいろいろ聞きたいってあったと思うんですけど。
「なんで日本はアメリカと戦争したのにアメリカと仲が良いの?」とか、「どうして原爆が落とされたのにこんなに発展しているの?」とか僕らじゃできないっていうのが根底にあると思うんですけど、ミャンマーが内戦が多い国だったんで「どうして日本はアジアの中で先進国になれたの?」って聞かれたときにこたえられないなって思って。
本当にアメリカと仲が良いかといえばそうではないけれども、確かにうまいことやってはいるとか、たどたどしい説明をするわけですよ、大人が背筋ピーンてなって。それね。みたいになるんですけれども。お恥ずかしい話。
日本では見れない生活をする人たちを見たいと思ってい行ったんですけれど、そういうことで改めて日本はどう思われているかに気づきました。今まで日本人目線でしかニュースを見ていなかったわけで、海外から見ると日本はたくさんある国の中の一つなんですよね。どうしてこの国はこうなったんだろうっていう視点がなかったことに気づいて、それはすごく面白いなって思ってますね。
難民キャンプって一番人気があるのが学校で、ものすごく学習効率が良いらしいんです。識字率も一番上がるようです。それがものすごい残酷だなと思って。そういうところが一番学校が発展する。私たち何やってるんだろうって。教育って大事だなって思いましたね。。
記者:私たちにとって学校に行くことは当たり前になっていますね。
鐘ヶ江:やっぱり本が読めるとか字が書けるとか、学べるっていうことは一番豊かなことだと思います。残酷ですよね。難民キャンプが一番学校が求められているわけです。みんな学校が終わったら走って図書館に行って、翻訳されている本をむさぼるように読んでいました。教育が一番ほしいって。国際社会の支援で翻弄され、物は何も残らないっていうのが分かって、勉強とスキルが欲しいと。
だから本当に若い人には海外に行ってほしい。知ってほしい。自分たちがいかに豊かで恵まれているのかを知ってほしいと思います。
喜怒哀楽を一緒に感じる社会になってほしい
Q:最後に、どんな美しい日本を創っていきたいと思いますか?
鐘ヶ江:日本の未来ですね。AIとか情報とか機械が発展していく中で、新たな時代が来るんだろうなと思う一方で、だからこそ本当の人と人との付き合い方が大事になると思います。コミュニケーションがベースとして変わってくるんだろうなと思うんです。だからあえて顔と顔を合わせて話をする、喜怒哀楽を一緒に感じるっていう社会になって欲しいなっていう。それが相手への理解だし、自分への理解になっていくから、それが一番の人間関係になるのかなって思います。
記者:今日はとても貴重なお話を聞かせていただきました。ありがとうございました。
【編集後記】今回、インタビュー記事を担当させていただきました吉村真奈美です。とても容姿からは自衛隊で活動されていたなんて想像出来ないほどキュートな鐘ヶ江さんですが、ご本人曰く、新しい世界に飛び込んで行く事が楽しい!と、本当に楽しそうにいろいろ体験して来られたことをお話してくださいました。明るく、ポジティブでありながらも人としてどうありたいのか、日本と世界の関係はどうあればいいのかと広く深く視野を持ち探求されていらっしゃる、魅力溢れる方でした。近い未来、鐘ヶ江さんが創り出す組織の在り方に今後も目が離せません!