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臆病者の夢解き

 「公演の初日なのに、私だけ舞台化粧をしていない」、「突然舞台が始まったけど、台詞をひとつも覚えていない」。
 これは、舞台にかかわる人が必ずといっていいほど見る夢シリーズだ。
 舞台に立つ緊張や不安からそんな悪夢をみて、飛び起きる。
 それは役者さんだけではなく、時折、スタッフの方でも役者目線で夢をみるという。
 以前、あるお芝居の原作者の方が、「今から舞台に出るのに台詞が思い出せない」という夢をみたそうだ。
 「これが噂に聞く、舞台の初日近くに見る悪夢か!」と思ったという彼は、続けてこう仰った。
 「自分でさえ、うなされ汗びっしょりで飛び起きたんだ。舞台に出る役者さんは、どれほどの緊張感を抱えているんだろうと思いましたよ」


 夢は、不思議だ。
 夢についての多くが科学で解明されていると分かってはいても、深遠な面白さを含む人間の機能であることに変わりはない。
 「夢の分量と記憶」の科学者による正確な研究結果は把握していないが、友人たちと比べてみると、どうやら私は夢を覚えていることが多いらしい。
 目覚めた時にはっきりと、それも3本立てくらいの夢の記憶が残っている日は珍しくないのだ。
 忘れがたい夢は、そりゃあ、たくさんある。

 
 ずっと昔、私のまわりに、周囲と足並みが揃わない人がいた。
 彼女の視点、視野はみんなと違うから、不思議がられたり「迷惑な人だ」と思われてしまう。
 それは個人の責任であり、社会でやっていくためには仕方のないことだ。
 そう思っていた私は、彼女が周囲とぶつかり合ってしまう状況を黙って眺めていた。
 ある晩、夢をみるまでは。

 夢の中で、私は彼女と言葉を交わしていた。
 何を話したかは、分からない。
 ただ彼女はとても楽しそうに笑っていて、それは白い花のような笑顔だった。
 目が覚めると、いつもと同じ朝、だが私は涙をこぼして夢の名残を味わっていた。
 それは、とても苦い味をしていた。

 その日私は、相変わらずみんなからちょっと離れた所にいる彼女に、すぐに話かけた。
 「話をしようよ」
 それからの日々、彼女と言葉を交わす度にその豊かな感性と鋭い目線が見る景色を知り、私の平凡な常識は気持ちよく吹き飛ばされていった。
 彼女の夢をみる前から、私は「あの人と話をしてみたい」と思っていた。
 でも、できなかった。
 「周りからどう思われるだろう」、そんな愚かで身勝手な心配をしていた私の目を、あの日の夢が文字通り醒ましてくれたのだ。
 これは私の思考や出来事が脳の機能に反映されただけで、夢をみたことは魔法でも奇跡でもないのだろう。
 それでも私は、あの夢に感謝している。
 夢から叱責されたおかげで、さびしい臆病者になることなく、大切な友と出会えたから。

 初めて語りかけたあの朝、彼女は戸惑いがちにうなずいた。
 その頬には、かすかだが、たしかに白い花の笑みが浮かんでいた。






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