My Jubilee
トーストには、苺ジャムを乗せる。
カフェで食べるチーズケーキには、ブルーベリージャムを。
「定番好き」である私が、一度だけ珍しいジャムを食べたことがある。
サボテン、それはサボテン。サボテンのジャム!!
今からもう10年以上前に読んだ大好きな小説に、マルタのサボテンのお話が出てきた。
水を飲むように何度も読むうち、それまでは名前も知らなかったその国の虜になっていた。
それ以来、取り憑かれたように思い続けた。
「マルタに行って、サボテンを見たい」
ついにその機会が訪れたのは、今から4年前。
海外旅行が好きなくせに心配性の私だが、この時は不思議な確信に、明るく戸惑っていた。
「どうしよう。行く前から、マルタが大好きだ」
長年の夢が叶ったのは、マルタに到着してすぐだった。
探す手間などいらないくらい、サボテンは、そこら中にうねうねと繁茂していたのだ。
海辺でも繁華街でも、サボテンたちはアスファルトの隙間から這い出るように、くすんだ緑色の身を捩らせている。
土埃にまみれ、空の酒瓶や穴の開いたビニール袋に埋もれているものもあった。
日本のインテリアショップで見かける、可愛らしい植木鉢からまっすぐに伸びたサボテンではない。
怪物めいた形に生育した彼らは、奇怪なフォルムで群れていた。
恐ろしいほどの力を内包する歪さに、思わず後退りしそうになって、喜びが込み上げた。
「これだ。マルタのサボテンに会えた」
わざわざ遠い国からやって来た変わり者が感激していても、サボテンたちは知らんぷりだ。
あくる日、港から30分ほどフェリーに乗って、ゴゾという島を訪れた。
日本人ガイドさんとドライバーさんとの、3人の旅だ。
ドライバーさんは、50歳くらいのマルタ人男性で、愛称は「メロンさん」。
どうしてそう呼ばれているのかガイドさんに質問してもらうと、答えは「僕も分からないよ!」。
いや、ものすごく気になる。
己がメロンと呼ばれる理由など気にしないところが、マルタで生きる人のおおらかさだ。
要塞や城壁、神殿の遺跡を見学して、海を見ながら美味しいお魚料理を食べた。
地元の有名なお店で出会ったのが、瓶に詰められたプルプルのジャムだった。
試食させてもらうと、なにやら甘い薄味のフルーツ??
「サボテンだよ」と言われなければ、絶対に分からない。
いや、サボテンだと聞いてもよく分からない味だ。
ぽうっとしていて、とてつもなく瑞々しかった。
マルタの島々は、蜂蜜色の岩と石で覆われている。
太陽の光は熱すぎるし、海から吹く風は厳しさをはらんでいる。
「緑の大地に育まれた」とは言い難い環境で、サボテンたちは生き抜いてきた。
乾いた刺は日差しと潮風をはねのけ、甘い水分を守っている。
親切な店員さんに使い慣れないコインを渡して、ガラス瓶をバッグに詰め込むと、私のゴゾ観光は終わった。
日本に戻って、実家の両親にお土産を渡した。
銀線細工のピアス、カフェ・コルディナのチョコレート、そしてサボテンのジャム。
「サボテンのジャム!?」
予想通り、2人はあまり嬉しくなさそうな驚きの表情を浮かべた。
マルタのサボテンに会いたいと思い続けていたけれど、まさか食べることになるとは。
本から、家から飛び出して海を越えたら、そこには新たな出会いがあった。
未知の味と、そして人との。
別れ際、メロンさんに日本から持って来た一枚の絵葉書を贈ったことを思い出す。
分厚い和紙に日本の草木が描かれている、いってみれば古風でありきたりな絵葉書だ。
受け取ったメロンさんは、日に焼けた顔をいっぱいの笑みで輝かせた。
「こんな素敵な物、初めて見たよ。とても綺麗だ。家に飾るね!」
ガイドさんが通訳してくれたメロンさんの言葉は、私にとっては平凡な和雑貨を、宝物に変えてくれた。
その後、両親からは「サボテンのジャムが美味しい」とも「美味しくない」とも報告されなかった。
こちらはどうやら、宝物にはならなかったようだ。
そりゃあ、コメントしづらい味だもの。
私がもらっても、きっとそんな感じだろう。
マルタのサボテンは強きもの。
ぼんやり味のジャムは、遠い国から故郷の空を夢見ただろうか。
くらくらするほど明るい、あの青さを。