マゴムスメ・ライブラリー 16
家の近くのケーキ屋さんが好き過ぎて、お店の前を通るたび、ショーウィンドウにはり付きたくなる。
チョコレートケーキやシュークリーム、ちょうど今の時季はお茶のゼリーも人気商品だ。
97歳になる私の祖母の若い頃は、お菓子といえば和菓子が主流だったのだろう。
「いえいえ! ケーキだって、あったわよ」
失礼なことを言ってしまった。
カステラ、クッキー、ショートケーキ。
祖母の子ども時代のお話には、私の想像よりたくさんの洋菓子が登場する。
両親に連れられて、人で溢れるデパートの食品売り場や賑やかな通りの洋菓子店を見てまわった祖母は、ハイカラなお菓子に瞳をキラキラさせていた。
「ばあばが女学生になる頃には、もっと色々な種類のケーキがあった?」
「ううん。戦争が始まったからね」
戦争が始まると食糧不足だけではなく、みんなの日常はどんどん変化した。
贅沢品とみなされる物は扱えなくなり、お菓子屋さんは窮地に追い込まれた。
少しでも美味しそうなお菓子を作ると、「この非常時に、豊富な材料をどこで手に入れたのか」とお店を問い詰める人もいたという。
「老舗の和菓子屋さんもね、きっと続けられなかったと思う。お菓子屋さんがどんどん無くなっていっちゃったのよ」
クリームをたっぷりと乗せた洋菓子が街に戻ってきたのは、終戦して間も無くだったと、祖母は記憶している。
「戦争の前みたいにケーキが食べられるようになって、ばあばは嬉しかったでしょう。ほっとした?」
「なんだかね、複雑な気持ちだった」
どうしてここに、甘いお菓子があるんだろう。
たった数週間前まで、言葉にできない苛烈な苦しみを味わい尽くしていたのに。
お米もお砂糖も、一粒だってこぼすまいと指をピタリと付けて掌にすくっていたのに。
おなかをすかせたまま眠り、目を醒さなかった人たちがいたのに。
「あんなに大変だった毎日が過ぎたらすぐに、こんなに変わっちゃうんだって。嬉しいより悔しいより、とっても不思議だったわ」
19歳だった、かつての祖母を思い浮かべる。
黒髪を風になびかせ、友人とおしゃべりに興じ、女学校帰りにはお菓子屋さんに寄り道をする。
そんな当たり前の日常を送るはずだった少女たちは、少年たちは、全ての人たちは、終戦後のショーケースの前に茫然と立ち尽くした。
「戦争とは、なんだったのか」という答えのない問いを、心の中で繰り返して。
「あのね。戦争だけは、もうやめてほしい。なんにも、無くなるから。本当に、だめになるから」
78年目の夏の日、かつての祖母と同じように、私はお馴染みのショーウィンドウの前に立つ。
磨き上げられたガラスの向こうには、可愛いケーキたち。
祈りの1日を終えたら、ケーキの小箱を手に祖母のお部屋を訪ねよう。
ちょっと甘過ぎるおやつを頬張りながら、おしゃべりをしよう。
78年前の夏のお話を聴いて、それから今のお話をしよう。