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マゴムスメ・ライブラリー 6


 一階に住む祖母の部屋には、私専用のお湯呑み茶碗がある。
 遊びに行くと、祖母はそれを出してお茶を淹れてくれる。
 94歳の祖母の手を煩わせてはいけないと思いつつ、ついつい甘えてしまう。
 祖母の部屋に私の湯呑みがあることが嬉しいのだ。
 薬缶を火にかけ、祖母はゆっくりとお湯を沸かす。
 宝塚の街に一人で住んでいた時、私は電気ケトルを愛用していた。
 その方が便利だけど、この頃は薬缶も良いものだと思うようになった。
 お湯の味の違いが分かるほど、粋人ではない。
 シュンシュンと鳴る薬缶の音を聞きながら祖母とお喋りする時間が、好きなのだ。
 
 
 昔、この家には広いお庭があった。
 園芸が得意だった優しい祖父は、お庭で様々な樹や花を育てていた。
 小鳥も蝶々もやってくるそのお庭は、子供だった私にとって大切な遊び場だった。
 大きな庭石の影にはよく、カエルがひと休みしていた。
 いつも同じカエルではないのだろうが、決まって庭石に寄り添うように蹲っていた。
 今思うと、少しだけ不思議だ。
 
 昔の家を建て替えて、今の家にもお庭がある。
 前ほど広くはないが、椿や木蓮などの樹が枝葉を広げている。
 いつもの、お茶の時間。薬缶の音を聞きつつ、私はふとお庭を眺めた。
 そして、あることに気が付いた。
 「ばあば。あの樹の根元にあった植木鉢、知らない?」


 秋が深まってきた頃、私の母がなにやら見慣れない作業をしていた。
 小さなプラスチックの植木鉢に、短く切った藁をたくさん詰めているのだ。
 なんのための植木鉢なのか、見当がつかない。
 「それ、何?」
 「カエルのベッド。」
 メルヘンチックな回答に意表を突かれ、我が耳を疑った。
 なんだ、その世界観。
 まるで童話に出てくるようなやりとりが、家庭内で展開されてしまった。
 母は、勿論大真面目である。
 私は少しクラクラした。
 話を聞けば、母は先日お庭の草刈りをしてくれたそうだ。
 そのせいで、昔から住みついているカエルが冬を越せないかも知れない。
 母は、たいそう心配していた。
 祖母を驚かせないようにと、お庭で静かに設置作業が行われた。
 母は木陰に、そっとカエルのベッドを置いた。
 行き場のないカエルは、このあたたかい寝床を見つけてどんなに安心するだろう。
 そう思い、微笑ましくベッドを俯瞰した私は愕然とした。

 薄暗い庭に転がる、藁屑の詰まったプラスチック植木鉢。
 その様子には「荒廃」「殺伐」という言葉が相応しい。
 がまくんとかえるくんがこれを見たら、漠然とした不安を抱くことだろう。
 なにか、事件性すら感じられる有様だ。
 隣に立つ母の優しい瞳には一点の曇りなく、カエルのベッドに関しては改善の余地はない。
 私に出来ることは何もありませんということで、私は無言のまま大人しくお庭を後にした。


 そのカエルのベッドを置いたはずの場所には、植木鉢の影も形もないのだ。 
 「植木鉢、樹のところに転がってたわ。」
 「最近物忘れが激しい。」と言いながら、祖母はちゃんと記憶している。
 「どこから来たのか、藁が入ってる植木鉢が落ちてたから片付けたわよ。」
 
 そうだよね。
 そう、なるよね。
 普通、片付けますわ。
 
 「ばあば。それ、ベッドだからー! お母さんが作った、カエルのベッドだからー!!」
 急いでも仕方ないのに走ってお庭に出た私は、ホースやシャベルが積まれた片隅にしまわれているカエルのベッドを発見した。
 藁は、まだ入っている。
 心配そう(不審そう)な祖母の視線に見守られ、私はカエルのベッドを元どおりに置き直した。
 母に知られず、本当によかった。
 もっと寒くなれば、カエルも暖を取りに来てくれるだろう。
 
 「ばあば、昔のお庭のカエル、可愛かったよね。」
 「あんまり覚えてないわあ。」
 やっと落ち着いた私に、祖母がお湯飲みを差し出してくれる。
 ふーふーしながら、口をつける。
 薬缶のお湯で淹れたお茶はとびきり熱い。
 飲み終わるまで、祖母とのお喋りは続く。
 ゆっくり、たっぷりお話ししたい。
 熱すぎるお茶は、私とばあばのちょうどいい温度。






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