マゴムスメ・ライブラリー 5
宝塚歌劇団のひとたちは、ハロウィンに仮装をすることがある。
ハロウィンじゃなくても、仮装をすることがある。
皆で集う時は、それぞれ何となく自主的に仮装をしたりしていた。
特別なイベントでも記念日でもないのに。
何故そんなことをしているのか誰も分かっていなかったが、結構楽しかった。
真昼の日ざしのぬくもりが嬉しい、きんと冷えた空気。
私がお部屋へ遊びに行くと、祖母はとても美味しい緑茶を淹れてくれる。
祖母のお茶は熱くて、味も香りもふっくらまるい。
それは母が淹れてくれるお茶の味によく似ていて、体も心もほっこりする。
(お茶っ葉が同じなんじゃない? という正しいご指摘はご勘弁ください。)
「ばあば、もうすぐハロウィンだよ。」
「うん。最近なんだか…凄いわよね。大騒ぎ。」
今年はいつもと状況が異なるが、ここ数年のハロウィンの盛り上がりには驚かされる。
「楽しいのは良いけれど、危ないことは気を付けないとね。」
「そうね。私はもう、何だか分からない。」
そりゃそうだろう。
若人がハイクオリティな仮装をしているテレビの映像を見ると、94歳の祖母はびっくりしてしまう。
ふと思いつき、質問してみた。
「ねえ、ばあばがハロウィンで仮装するなら、なんの格好をしたい?」
祖母はきりりと口を結び、宙を睨んだ。
悩んでいる。物凄く、深く考えている。
何言ってるのよ仮装なんて!! と笑い飛ばされるかと思っていた私にとって、全く予想外の展開である。
やがて、良いことを思いついたと言わんばかりに、祖母はにこりと微笑んだ。
そして、
「サアーーーッ。」
と言いながら、頭から下へ全身を撫でるように手を動かした。
さらに、お芝居がかった可愛い声を出した。台詞付きだ。
「おほほほほーーー。」
分からない。
祖母のやりたい仮装が、全然分からない。ポリニャック伯爵夫人?
思いの外難易度の高い回答(しかもジェスチャー)に、私は唖然とするしかなかった。
「えっと、ばあば…ごめん、何の仮装?」
戸惑いを隠せぬ孫からの問い掛けに、祖母は凛と胸を張って答えた。
「娘さん。」
娘さん。
二十歳くらいの若い娘の仮装をしたいと、祖母は言っているのだ。
「素敵じゃん。かぐや姫みたいにしよう。」
「そんな、綺麗じゃなくて良いの。普通の娘さんで良いの。」
金木犀の小花舞う、風になびく黒い髪。
女学校の友人と、お喋りしながら歩いた帰り道。
ハロウィンパーティーなんて、まだ誰もしたことがなかった。
きらきらと瞳を輝かせ、うす桃色の頬をした若々しい祖母を思い浮かべ、私はさらに訊いてみた。
「じゃあ私は、どんな仮装が似合うと思う?」
祖母はまたしても、よく考えた。
そしてちょっと身を屈めて、両手を開き顔の横でひらひらさせ言った。
「三歳くらいの、女の子。」
若い娘さんの祖母と、三歳の私。
一見地味に思えるが、なかなかシュールな二人組だ。
上手くいけば、誰もが三度見するほど個性的なコンビに仕上がる可能性が高い。
宝塚で培った変身技術を、活用すべき日がやってきたのだ。
真剣に考えた後で祖母と大笑いしながら、私の心は淹れたてのお茶と同じくらいあたたかくなっていた。
祖母は、三歳だった私を憶えてくれている。
私は若い娘さんだった頃の祖母を知らないけれど、ハロウィンの夜なら会えるのだ。
かぐや姫より、もっと可愛い娘さん。
生意気な小さい女の子と手を繋いで歩いて行く、金木犀の香りの娘さん。
ブルームーンの特別なハロウィンが、私たちを遊ばせてくれるかも知れない。
さあ。一緒に、キャンディをおねだりにゆこう。
少しだけ気になるのは、祖母が実演してくれた『三歳の女の子』だ。
両手をひらいて大きな口を開け、ヘンテコな踊りをおどっていたけれど、もしかしてあれは幼き日の私なのだろうか。
祖母が記憶する己の真実の姿が、どうしても直視できない。