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ジョニーベア【13】2600文字

【【13】森の仙人 ガンダルベア 後編
「今でこそ、体の毛の色が抜けてしまって銀色だがな、
若い頃の黒くて艶もある毛だった頃の事じゃよ。
噂に聞いた楽園森という森を求めて旅したものだ。
お前さんと同じ、ひたすら北を目指してな」
長く伸びる銀色のあごひげを撫で、
視線を遠くに伸ばすと、話し始めました。
 
「森も小さくなってきて、食べ物が減ってきてたんじゃ。
我ら森の動物達の間でいざこざも絶えなくなってしもうてな。
そんな時だったんだよ。初めて楽園森の噂を聞いてな。
食べ物の楽園だって言うんじゃ。
ワシは楽園森に取り憑かれてしまってな。
動物たちが食べ物で奪い合う事のない
楽園森に夢を抱いたのじゃよ」
ガンダルベアは思い出をなぞるように話しました。
「そして春風が吹いた朝にほら穴から出ると、
足取りも軽く旅にでたんじゃ
春の日差しのように気持ちさわやかに、
口笛を吹きながらの軽やかな旅の始まりだったんじゃ。
 
旅を続けていくうちに楽園森を目指す
クマやシカにイノシシやキツネと
色んな動物たちに出会ったもんだ。
東を目指したり、南を目指したり、
川を下っていったり、山を越えて行ったりと
それぞれの動物たちが楽園森を信じて
目指していた。そうなんじゃよ、
皆、楽園森を目指す方向が違ったのじゃ。
だがじゃよ、
ただの一匹も楽園森を見つけた動物に、出会った事はなかったんじゃ。
ワシはお前さんと同じで遥か北を目指していたが、
歩けど歩けどそんな楽園の森にはたどり着けなかった。
どこも木の実が乏しく、
人間たちの足跡があり、
森の力が小さいのじゃ。
ワシが向かう方向が間違っているんじゃないかと不安にかられても
とにかくワシが進む道だけを信じて歩き続けんたんだ」
ガンダルベアはそこで大きく肩をあげて深呼吸をしました。
「そしてとうとう辿り着いたんじゃよ」
ガンダルベアのその言葉を聞いたジョニーベアが
身を乗り出して言いました。
「とうとう見つけたんだね、楽園森!」
「そうだとしたら、今のお前さんの前にいるわけ無いじゃろ」
ガンダルベアは膝を叩いて言いました。
「それじゃ、どこに着いたんですか」
「もうそれ以上進めない場所に着いたんじゃよ」
「もう進めない場所?」
「そこは断崖絶壁だったんじゃ。
絶壁の下には海が広がっていてな、
その海はどこまでもどこまでも遠くまで続いていて、
やがては空と海の境目の見分けがつかなくなるくらい広がっていたんじゃ。
 ワシは途方に暮れた。
そしてその崖の上で座り込んでしまったんじゃ。
体力以上に気力が失せてしまってな。
何日もそこに座って途方に暮れて、海を眺めていたんじゃ。
崖の上で何日か経ったある日の事じゃ、
背中の方から
ダァーン、ダァーン、ダァーン
と耳をつんざく音が響いたと思ったら、
背中にチクリと痛みが走ったんじゃ。
何かと思って振り向けば、
向こうで人間が鉄の棒を構えて
ワシに狙いを付けていたんじゃ。
これ以上行かれる場所がない森の奥の絶壁まで
人間が来ていることに驚いたもんさ。
だけどよ、
こんな森の果てまで追って来た挙げ句に、
理由もなくワシの命を奪おうとしてくる人間に
怒りが炎のように込み上げてきてな、
体中が火に包まれたように熱くなっていったんじゃ。
ワシは怒りの塊となって、
その鉄の玉を撃ってくる人間に突進していった。
突進する間にも、
その人間は鉄の玉をワシに浴びせてきたんじゃ
ダァーン、ダァーン、ダァーン
ダァーン、ダァーン、ダァーン
肩や足や腕の体のいたる所で
痛みが走ったが、鉄の玉の痛みなどもろともしなかった。
そして一直線に突進して、その人間を蹴散らしたんじゃ。
 
自分の体を見れば、鉄の玉で撃たれて
体のいたるところから血が流れていた。
ワシもここで力尽きるのかと思ったんじゃがな、
こんな寂しい絶壁の果てで
終わりたくなかったんじゃ。
ワシが生きてきた森で
最後を迎えたかったんじゃ。
 ワシの育ったあの森に帰りたくてのぉ。
這いつくばって頑張ったんじゃがな、
鉄の玉が当たった体からは血が流れ続けてな、
とてもじゃないが、
ワシが育った森に帰れるほどの力は残っていなかった。
もうこれでおしまいと諦めをつけて、
そこに見つけたほら穴に、這いつくばって入っていったんじゃ。
ほら穴の奥にどぉうと倒れ込むと、
目の先に不思議を光を灯したキノコがあったんじゃよ。
ワシはそれまでキノコなど食べたこと無かったんじゃがな。
これが最後の食事だと思って、
その光るキノコをつまみ上げて食べたのさ。
するとだ、
しばらくすると体中に走っていた痛みが消えていったんじゃよ。
痛みばかりじゃなく、お腹もいっぱいになったんじゃ。
そして気がつくと、
不思議なことにワシはワシを見ていたんじゃ。
「ガンダルベアがガンダルベアを見ていたって?」
ジョニーベアは話を割って聞きました。
「ほら穴の奥で横たわるワシの上に浮かぶようにして
ワシがワシを見ていたんじゃ。
そして横たわるワシの体からは
キノコが生え始めたんじゃよ。
その時、ワシはそういう事かと分かったんじゃ」
「いったいどういうことだい?」
「ワシは森の一部になったんじゃよ」
「今僕の眼の前にいるガンダルベアは?」
「それもワシじゃよ、このほら穴のキノコがワシの命となり、
ワシの心はお前の眼の前にいるんじゃよ」
「ガンダルベアはキノコになったって事?」
「フォフォフォ、そんなところじゃな」
ガンダルベアは笑って答えてみたものの、
ジョニーベアは沈んだ様子でした。
「ガンダルベアも楽園森を見つけられなかったんだね」
ジョニーベアはため息をついて言いました。
二人の間にはしばらくの間 
言葉の無い時間が流れていきました。
眼の前にはチラチラとキノコの光が
揺れていました。
「それでも君は北の七つ星を目指すんだろ」
ガンダルベアが訊いても、
ジョニーベアは何も答えませんでしたが、
ガンダルベアにはジョニーベアが北に向かう事は分かっていました。
ジョニーベアほどの勇敢な若いクマは
何事もかえりみずに
前に進んでいくことだろうと。
希望に溢れる若者の力を
ガンダルベアは知っていました。
それはかつて、北を目指した自分の姿をジョニーベアに見ていたのです。
向こう見ずであることの素晴らしいエネルギーはどんなに引き止めても
若者は逃れられないことをガンダルベアは知っていました。
「食べ物を奪い合うことのない動物たちの楽園森を確かに見つけて戻ってきておくれよ、
ジョニーベア君」
ガンダルベアはそう言ってジョニーベアの肩を両腕で抱きました。
ジョニーベアはガンダルベアの両腕に囲われると、
魔法をかけられたようにコクリとうなずいて、
次の瞬間には深い眠りに落ちていきました。
 
―――つづく―――