2 門出の花
全八巻にも及ぶ司馬先生の大作「竜馬がゆく」の書き出しは、二人とも竜馬を愛してやまない姉乙女と源爺ちゃんのやりとりから始まる。
坂本竜馬十九才の、江戸剣術修行出立の場面である。1853年(嘉永六年)三月十七日。
竜馬の小さいころというのは、イジメに遭っても言いかえせないほど泣き虫で、おねしょも治らず、楠山塾の先生にサジを投げられるほど頭もそれほどよくなかった。
また、竜馬が十二才のとき、母幸子が病死した。少年竜馬の絶望はいかばかりであったろう。
その後、乙女は母代わりになって竜馬を育て上げ、源爺ちゃんも普段はひょうきんだが、竜馬のことは何でも味方になってくれた。
コンプレックスの塊だった竜馬を「日本一の剣術遣いになる!」「日本に名を残す者になる!」と彼らは決して見捨てなかったのは、もはや信仰に近い愛情である。
そのかいあってか、十四才で、厳しいと評判の高知城下の小栗流日根野道場に入門した竜馬はメキメキ腕を上げ、剽悍な若者に変貌し、目録を取るに至る。
何をやっても上手くいかない、竜馬の一つの才能が開花したわけである。
身長も五尺八寸(175cm)の堂々たる偉丈夫となった。
驚いた兄の権平と父親の八平は「これは名の通り龍になる!」と、剣術でメシを食わせるべく、竜馬を名門北辰一刀流修行のため遠く江戸にやることにした。
生家「才谷屋」は土佐藩の豪商とはいえ金のかかるものだったらしい。
修行の門出の日、不器用な源爺ちゃんが竜馬のお祝いに、徹夜で「紙の桜」を作り、それを観た乙女が笑いながらも涙するという場面は、子を持つ親でなくとも読者は感涙する場面であろう。
司馬先生はこの愛情あふれる場面を竜馬の人間形成の素地とし、「門出の花」というサブタイトルにしたのではないかと思う。
つづく