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小説|夏日影に消ゆる君 #8

一話前話次話

     八、 

 三機の飛行機が西へ向かって飛んでいく。
 雲ひとつない大空を誇らしげに飛んでいく。
 近所の子供たちが飛行機を追いかけながら手を振ると、一機の飛行機がそれに応えるようにゆらゆらと羽根を上下に振った。
 子供たちは大喜びで飛行機が空の彼方に消えて見えなくなるまで手を振っている。
 風が、ふわりと香った。

 雨風が雨戸を叩く音で目を覚ました。
 昨夜遅く東海地方に上陸した台風はゆっくりと北上し、現在関東地方で猛威を奮っている。
 雨戸を閉め切った暗い部屋で枕元のスマートフォンを手繰り寄せ、画面を開いた詩音はその眩しさに思わず目を細めた。

 体が重い。頭も重い。ついでに瞼も。今日のタスクを確認するために開いたスマートフォンが手からこぼれ落ち、詩音の意識は夢の輪郭を捉え始めた。

 青一色に染まった世界。
 キラキラと光る地面が海だということに気付いたときには、目の前には別の青が広がっていた。

 それが空だということに気付くには少々時間がかかった。

「見えるか? あれがオレの生まれた町だ」

 突然インカム越しに声が聞こえ、そう言えば自分は飛行機に乗っていたのだと思い出した。

 操縦桿を握るのは琉生だ。
 窓の外には小さな港町と丘と岬が見えていた。
 琉生の生まれ育った町は、やはりとても美しかった。
 機体が大きく旋回し、また海の青が視界に映った。
 海面がキラキラと眩しい。
 眩しい。

 海面は太陽そのものを飲み込んだかのように明るく光りはじめ、やがて本物の太陽になった。

 次に気付いたときには機体は自分の遥か上空を飛んでいた。
 逆光の中で見失わないよう、目の上に手をかざしながら見送った。
 近くにいた子供たちの甲高い声もまたキラキラしていた。
 溌剌としたその声には喜びがあった。希望もあった。憧れもあった。
 声が鼓膜を通り脳内に到達したとき、自分の中にあった感情が今ある形から別の形に変化するのがわかった。

「    !」
「    !」

 自分が何を叫んだのかは、よく聞こえなかった。
 周囲の大人たちがギョッとしたようにこちらを見る。

「    !」

 子供たちのよく通る声だけが、青く澄み渡る空に吸い込まれていった。


 目を覚ますと目の前に横たわるスマートフォンの画面が光っていた。
 どうやらメッセンジャーアプリにメッセージが届いたらしい。メッセージは少し間を置いてから続けてもう二件届いた。

 詩音はつい今しがた見ていた夢のことなど忘れ、ただただ昨夜の酒のせいで気だるい身体を伸ばすと、今度こそしっかりとした意識の中でスマートフォンを手に取った。
 メッセージの送り主は湊少年だった。

『詩音くんおはよう』
『夏休みの自由研究、この町について調べてみようと思ってる』
『どこかの県の入賞作品に面白いのがあったから見てみて』

 メッセージの最後に添えられていたリンク先をタップすると、スマートフォンで読むにはいささか膨大な文字数のページが表示された。

 詩音は湊に一旦簡単な返事を送って布団から出ると、締め切った雨戸を開け、出しっぱなしの酒缶を片付け、朝食のパンが焼き上がるのを待ちながらタブレットを開いた。

 スマートフォンで開いたページをタブレットの方に引き継がせ、改めて作品タイトルに目を通した。

〝S町で見つけたこんな場所 江戸時代から続く物語〟

 昨日湊と二人で研究テーマを決めているとき、「歴史や地理は地味だ」と言っていたものだから、てっきり社会科部門での応募はないと思っていたが、気が変わったのだろうか。いや、好奇心旺盛な彼のことだから、きっと調べ甲斐のある楽しそうなテーマを見つけたに違いない。しかし、大したものだなと詩音は思った。地味だ何だと言いながらも、ちゃんと社会科部門にも目を通しているではないか。

 詩音はとうに焼き上がっているパンもそのままに、この見知らぬ町の物語を見出しから丁寧に追っていった。

 十歳の女の子が手掛けたというこの作品は、素朴なテーマからは考えられないほどの物語が繰り広げられていた。

 研究のきっかけ、動機の部分には可愛らしいエピソードがあったが、鋭い着眼点に驚かされた。仮説や考察は子供の柔軟な発想力が活かされており、実際に足を運んで知ることができた歴史と物語が上手くまとめられている。まさに大人顔負けの構成力を見せていた。

 詩音は、湊の琴線に触れたこの作品から、彼が何を学び何を伝えてくれるのか、楽しみで仕方なかった。湊の洞察力は意外と優れている。だが、優秀な作品には必ず大人たちの協力も必要だ。研究にはチャンスがいるのだ。車を出すくらいしか出来ることはないが、湊がより多くのチャンスに触れられるよう、見守っていきたいと思った。

 スマートフォンで自身の予定を確認した詩音は、湊に空いている日をいくつか送った。

『ありがとー じゃあ明後日で!』

 湊から届いた謎の食パンスタンプに、詩音はようやくトースターの中で沈黙するパンの存在を思い出した。

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