観光戦略の実践と地域活性化

 はじめに北海道弟子屈(てしかが)町は北海道の東部にあり、世界最大級
の規模を誇る屈斜路カルデラと、その東側の摩周カルデラの山ろくに広がる、高燥地帯の中にあります。火山活動によって生じる原始的自然景観、温泉などに恵まれた風光明媚な土地柄はまさに阿寒国立公園の名に恥じない地
域です。山林が約70%を占めるため、同国立公園の特徴である、森と湖と火山の絶妙な景観を醸し出しています。
 また、総面積は774.7平方キロメートルで、同国立公園の約55%の5万ヘクタールが弟子屈町内にあり、温泉はもとより世界一とも言われる透明度(41.6m)を記録した摩周湖、そして、屈斜路湖の二つの湖と硫黄山などの大自然のすばらしい観光資源を抱えています。
国政調査による平成17年の総人口は約8,600人であり、昭和40年以降減少を続けています。

1 本町の観光の概要について
 本町の宿泊施設は温泉ホテル、旅館、民宿、ペンションなど約70軒、収容人数は約6,000人です。平成20年度の調査では、摩周湖、川湯温泉などに
訪れる観光客は年間約86万人で、人口約8,500人の町に延べ100倍以上の観光客が訪れる観光に特化した町です。しかし、観光客は夏季に集中しており、さらに、近年は日帰り客、宿泊客ともに減少しています。こうしたことから、弟子屈町はいわゆる通過型の観光地であることがわかります。

2観光産業の衰退
 弟子屈町の観光産業の指標となる「宿泊数」についてですが、弟子屈全体の宿泊客数のピークは、平成3年の73万4,000人であり、その後は減少を続け、平成20年には35万6,000人とピーク時の約48.5%にまで減少しています。
これは刻々と変化する旅行形態の変化に弟子屈町が対応できなかったことがこうした状況を招いた原因と考えられます。
 さらには、高度経済成長の時代に全国の温泉地域では、団体旅行などの場として、自らは何の経営努力をしなくてもたくさんのお客さんがどんどん来ていました。もちろん弟子屈町も同様ですが、趣のあった温泉旅館は現代風
の大型ホテルへと変貌を遂げ、宿泊施設自体がお土産品店、飲食店、カラオケ、ゲームセンターなどを囲い込み、それが地域の商店街を疲弊させる原因となりながらも、一方では発展してきました。営業といえば発地の旅行エージェントに送客をお願いするのが常であり、地域を省みることもしてきませんでした。PR不足ではなく魅力不足であることに気づく由もありません。
黙っていても物が売れ、黙っていてもお客さんが来ていた時代。こうした状況を長く体験していると、また、黙っていれば・・・、もう少し我慢すれば・・・同じようなお客様や団体客がこぞってやってくるのではないかなどと思ってしまうのです。我々、行政も同様でした。
こうした意識も当町の観光産業を衰退させた原因のひとつです。

3 観光カリスマとの出会い
 そんななか、北海道運輸局から観光カリスマの山田桂一郎さんの講演会を開いてみないかとのアプローチがありました。
忘れもしない平成19年4月22日、釧路公立大学・国土交通省北海道運輸局・弟子屈町が主催した山田桂一郎さんの「自然と共生した観光・リゾート地域とは」と題した講演会。
 山田さんは今まで私たちが見たこともない様々なデータを提示しながら、的を得たお話を展開、参加した方々は食い入るように聞き入っていました。
山田さんは『弟子屈は明らかにマーケットニーズに対する対応に遅れている。摩周湖などの名所・旧跡のように、「物見遊山」があれば人が来るのではないかと、勘違いしている。本当に来るのでしょうか? こういうものにしがみついていると、明らかにお客様は激減します。時間消費の仕組みを作らなければ、見せるだけでは時間を消費してくれない。今の1泊2日のお客さんが2泊してくれれば、この地域全体の経済効果は劇的に上がる。しかし、使わせる時間がなければ絶対に2泊はしない。では、そのためには、2泊すると中1日の24時間はこの地域で消費させなければ意味が無い。ただ、摩周湖を見るだけではなく、エリア内で色々なことができる仕組みが必要である。大手旅行会社が自分達ではできない取り組みを、地域で作ってくださいという時がやってきたのです。しっかりと地域作りを進めることによって、選ばれる地域をつくり、着地型ツアーを作るなどして、地域にお金が回る仕組みをつくらなければ』と説きました。
 この話を聞いた私たちはもちろん、観光事業者の方々も、何とか山田さんにお手伝いをいただき一緒に地域の再生に取り組みたいという声が高まり、商工会長・旅館組合長・観光協会長など地域の経済団体のトップが集まり協議しました。
 これが、現在に続く取り組みのきっかけです。
 以下、「てしかがえこまち推進協議会」設立への道のりと、同協議会の取り組みについて報告いたします。

4 地域協議会設立へのみちのり
 その後、行政、商工会、旅館組合・観光協会らと山田さんは幾度となく懇談を行いました。その都度、山田さんから現在の日本における人口減少による地域経済の縮小の状況や、全国で観光を重視する動きが活発化してきていると説明し、国際的、国内的背景、観光のマーケティングなど多岐にわたるレクチャーを受けるとともに、今後の町のあるべき姿、地域再生への取り組みについて議論し、意見交換を続けました。
 また、地域が一体となった取組をするためには、既存の組織ではできないことが多く、新しい枠組み、仕組みの組織化が不可欠であるとのことから、既存の組織の現状や課題についても懇談を続け、新たな地域協議会の設立が決定。また、協議会を設立しても、実際に経済活動を行う組織ではないため、取り組み全体のアウトプット先としても、新しい会社を設立し、町の観光を総合産業化していくことで確認しました。
 こうして、山田さんとの出会いから約10ヶ月後の2月23日、ようやく「てしかがえこまち推進協議会」ができあがったのです。

5 てしかがえこまち推進協議会とは
 この協議会は「誰もが自慢し、誰もが誇れる町」を目指し、観光を基軸とした地域再生を目指す協議会としてスタートをきりました。
これからの観光はまず地域の魅力づくり、そして、来ていただいたお客様に地域全体でおもてなしを提供し、満足させて帰っていただくためには、「住んで良し、訪れて良し」の町をみんなでつくっていかなければいけません。
こうした町をつくるために、自らが責任を持って決断し、そして、実行するという新しい仕組み、新しい枠組みの組織となっています。
 今までの観光に関する組織は、直接観光に関する事業を営んでいる方々や関連事業者だけで構成されていましたが、この協議会は家庭の主婦や子供たち一般住民も参加したものとなっています。
 観光のまちづくりを進める上では、さまざまな地域資源を観光素材として再発見して、商品化して観光客に提供しなければなりませんが、こうした動きには直接的な観光関連事業者だけではなく、地域のあらゆる業種が連携しなければなりませんし、さらに、地域の文化や歴史の紹介など、地域住民全員が一体となって連携していかなければ、これからのお客様の動向の変化には対応できないからです。
 これまで、弟子屈町をひとつの地域としてとらえ、地域が一体となった取り組みで「地域力」を発揮させる仕組みがなかったため、今後は同協議会が主体となり、観光というキーワードの下、行政頼みにならずに、あくまでも「自らが動かなければ何もすすまない」という強い思いを持って地域の活性化や交流人口増加を図ることとしました。
 協議会としては、①エコツーリズム推進部会②人財育成部会③環境・温泉部会④女性部会⑤情報部会⑥食文化部会の6つの専門部会が主体となり、さまざまな取組を模索していくこととなりました。
構成員はこれまで準備を進めてきた方々や、弟子屈町をはじめとする多様な団体(町教育委員会、観光協会、商工会、振興公社、JA、自治会連合会、郷土研究会)の長や実務担当者。そして、主体となる町民の方々にも積極的な参加を呼びかけていくこととしました。

6 1年目の取り組み
 会の進め方としては、年1回の協議会(総会)、役員会、専門部会長会議、随時開かれる各専門部会を中心とし、月1回程度開催の合同専門部会で、各専門部会の活動に関する情報の共有を進めるとともに、アドバイザーの山田さんからそれぞれの活動に対してアドバイスを受けるといったもの。
1年間が終わってみると、この随時開催の専門部会が平成20年度の1年間に約130回開かれました。3日に1回はいずれかの専門部会が開かれているという状況です。
 事務局である我々観光商工課の担当職員はほぼ全ての部会の日程調整はもちろん、同席し議論に加わりました。
こうして実施した事業が次のとおりです。
【平成20年度実施事業】
①「てしかが観光&まち元気フォーラム」②「まちぐるみで・おもてなし」セミナー③観光カリスマ塾④エコツアーガイド養成講習会⑤外国語パンフレット作成⑥TOSSオホーツク観光立国教育セミナー⑦てしかがジュニア自然ガイド⑧弟子屈町公式ポータルサイトの構築⑨屈斜路湖遊魚プロジェクト⑩てしかがいいとこマップ作成⑪2泊3日の「エコ湯治プラン」造成・商品化⑫エコポイント事業実施⑬観光地における環境の取組を考える公開ディスカッション⑭地域のお年寄りなどから聞き取り調査⑮100%地元食材を使った地産地消メニューの開発 など。
 中でも特に「てしかがジュニア自然ガイド」の取り組みは、子ども達に「地域への愛着・誇り」を醸成し、町民性を育み、地域社会というステージで、たくさんの体験活動を通し、実感・体感することであり、そのためには自分達の町の普遍的な良さを再確認するとともに、「自分の住んでいる『弟子屈町』の良さを伝えたい」、「町のために活動したい」という社会参加あるいは社会貢献の意識を持つことも大切であると考え取り組まれました。
実際に摩周湖での定点ガイドを実施することで、自然体験活動やお客様とのふれあいを通して、主観・客観の両方の視点から地域の自然の素晴らしさを学び、ふるさとの自然を守る人財の育成の足がかりとなったと思っています。
 また、子ども達が自らの町のすばらしさを知り、地元に残りたいという気持ちを強く持てる環境づくりとしても非常に有効であると考えています。実際、参加した4名の子供たちは、地元を見直すとともに地元に住み続けたいという意識が強くなってきています。
こうした子供たちが増えていくと、当町の未来は劇的に変わっていくのではないかと期待しています。
 特筆すべきところは、環境・温泉部会で、新しい旅行プランを提案しようとした際、何回ともなく打ち合わせや議論を展開しましたが、細部を詰めれば詰めるほど、部会や協議会の活動には限界があることに気づき、立ち行かなくなったことです。このことが後に新しい地域密着型の旅行業者「㈱ツーリズムてしかが」設立の契機となるのです。
 集まって打ち合わせをするたびに、プランはできるが、一番大事なPRや販売は誰がやるのか? という疑問が噴出。そのたびに協議会設立時に話していた「新しい法人をつくる」ことの大切さを振り返ったのです。
やはり会社を作ろうと実現に向かってスタートしたのは、年の瀬も押し迫った12月26日。協議会の主だったメンバーが集まり、新法人設立に向けて準備が始まりました。
 その後も幾度となく繰り返される打ち合わせ。有志を募っての会社づくりなどは皆初めての経験のため、まさに3歩進んで2歩下がるといったような状況でした。しかしながら、4月の設立を目標としているためスピード感が求められました。法人の形態もLLC、LLP、株式会社、公益社団法人、一般社団法人があり、いずれにするのが最適かでまたまた一進一退が続きました。
 結局、アドバイザーの山田さんなどの意見も伺いながら、株式会社を設立するとして、町民への説明会も開催しました。ここでも批判意見が出るなど、正直、準備会の皆さんもあきらめかけたこともしばしばだったと思っています。
 しかし、今のままではどうにもならない、我々が取り組まなければ誰も助けてはくれないという強い思いで、こうして、晴れててしかがえこまち推進協議会の理念を具現化するための新法人の「㈱ツーリズムてしかが」が4月1日に設立を迎えました。

7 てしかがえこまち推進協議会と(株)ツーリズムてしかが
 観光のまちづくりでは地域の資源とお客様をどうやって結びつけるかがひとつのポイントです。
そして、その資源などをPRしたり、資源を使った旅行プランをお客様へ販売したりする仕組みがあって、初めてできあがります。
ところが、お客様に来ていただいたりすると地域資源というのは痛みます、たくさん来れば来るほど負荷がかかり痛んでしまうのです。ですからこの痛んだ資源を守るために、プランなどを販売して得たお金の一部から拠出する仕組みが必要となります。
 また、この協議会は任意団体であり、収益を求めている団体ではないため、実際に旅行プランなどを販売したりするところはできないのです。
こうして、この協議会が観光を機軸とした町づくりを進める上で、その仕組みとのひとつとして設立したのが「㈱ツーリズムてしかが」なのです。
この会社は旅行業が主体ではありますが、観光振興はもちろん、環境保全や地域振興を進めることによって、持続的な循環型社会を確立するために、人材の育成や環境調査なども手がけていくこととしています。

8 今後の課題と展望について
 新しい協議会組織ができ、それなりに活動が進み、アウトプットができる旅行業者(法人)も設立され、さまざまなところでクローズアップされてきました。しかしながら、まだまだ、観光を機軸としたまちづくりはスタート地点です。
「誰もが自慢し、誰もが誇れる町」を目指し、一人ひとりが一体何ができるのかを考え、自らできることから取り組んでいかなければなりません。
もちろん、まちづくりですから皆さん楽しんで取り組まなければ継続した息の永い取り組みにもできません。楽しそうに取り組んでいるからこそ、新しい仲間も集まってきます。まちづくりだから、観光振興だからといって無理やり集めても本物にはなり得ません。
 また、町民の皆さんにもさまざまな媒体や機会を見つけて、協議会の活動などについて、積極的にお知らせするとともに一緒に歩んでいく方策を皆で探っていきたいと考えています。

終わりに
 観光を機軸としたまちづくりを進めるには、行政主導の住民参加ではなく、住民主導の行政参加が理想の形であり、こうしたまちづくりを町ぐるみで進めることで、「住んで良し、訪れて良し」の町をつくり、循環型で持続性のある町を目指していかなければならないと考えています。そのためには、着地型旅行などを通じて、さまざまな方々が業種を問わず連携し、訪れたお客様の滞在時間を増やし、消費を促すとともに、その収益を如何にスピード感を持って地域内で回すことができるかを、そして、その販売窓口となる地域密着型の旅行業者である㈱ツーリズムてしかがを如何に地域で支えて、盛り上げていくかということも、今後の重要な課題であると考え、町ぐるみで取り組んでいきたいと考えています。

アカデミア 平成21年秋号(第91号)寄稿文を加筆修正しています。

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