オリビアを聴きながら。 #最終夜
初めましてのみなさまも、おなじみのあなたもこんにちは、MAKIです。
好きなタイプの殿方を聞かれたら迷わず「色気のあるひと」と答えるようにしていますが、ほんとうはやさしいひとが好きです。
やさしさって、感じ方受け取り方は人それぞれで、わたしの中でのその最たるは父。父のそばにいると、愛されていることを常に実感できます。
カッコよくて、物知りで、歌が上手くて、友だちだけじゃなく先生からも人気者だったお父さん。
お父さんほどキレイな文字を書く男性を、わたしは知りません。
そんな冒頭から始まる手紙を、結婚式で読みました。
武装戦線のような過去をもつ父は(ウソです武装は盛りすぎたwちょっぴりやんちゃだっただけ)
学歴関係なく魅力的なひとが世の中にはたくさんいることを身をもって教えてくれたひとで、わたしの殿方への価値観に多大な影響を与えたひと。
笑わせてくれて、愛をくれて、何より見た目がカッコよくて、父の娘であることはわたしの生涯でもっとも自慢できることです。
そんな父にたくさんたくさん苦労させられながらも、いまなお一緒に生きることを心に決めて、4人の子どもを育て上げ(ほんとうはもうひとりいたらしいけど、それはまた別のお話)、やっぱりイケメン好きな母もまたわたしの尊敬する女性のうちのひとりです。
いつも会話が止まらず喜怒哀楽にあふれた賑やかな環境で育ったわたしは、両親に褒められたいというのがもう幼少期からずっとあり、容姿端麗な兄妹たちより勝れる唯一がお勉強でした。俗に言うTHE☆いい子で、目にしたものは8割方卒なくこなす可愛げのない子ども時代でした。
兄のために貼り出していたあいうえお表を2歳上の兄よりも先に覚え、幼稚園のころは全園児の名前を覚えている記憶力の持ち主で、お遊戯会の演目『白雪姫』ではまさかのナレーション役でずっと舞台に立ち続けるポジションをゲットしたり。
運動はちょっぴり苦手で中学校のスポーツテストのハンドボール投げは5メートルしか飛ばなかったけど跳び箱はめちゃくちゃ高く跳べたし、リレーの選手にもハードル走の代表にも選ばれました。
弁論大会も英語のスピーチコンテストも学校代表に選ばれたし、卒業式では送辞も答辞も読みました。高校の卒業式で読んだ答辞は全教員保護者の9割は涙したと噂になり、文字通り弁のたつ子ども時代だったなぁと振り返ります。
そのぶん苦手なのは努力と忍耐。
アリとキリギリスの実写版が如く、なんでも卒なく8割方こなせるものですからとにかく努力ができない。出来ない、苦手と思うものはすぐに投げ棄て、新しいもの興味の向くほうへとカラダが動いてしまいます。
きっとこの努力と忍耐が足りないのだと、誰かが決めた世間の理想論では説かれるのだろうし、母はやはりそう諭すのですが、父はわたしの人生なんだからと何も聞かずに受け入れてくれました。最も身近な全肯定おじさんもまた父。
世間のいうTHE☆いいお嫁さんにはやっぱりなれなかったなぁ。
呼び出したらすぐに来てくれて、
困ったときは助けてくれて、
間違ったときは叱ってくれて、
頭のネジが外れたわたしの話を聞いてくれて、
自由気ままなわたしを受け入れてくれて、
一度は愛そうと決めてくれて、
お嫁さんにしてくれてありがとう。
やさしい、やさしいひとでした。
キミの前で天真爛漫に振る舞えていたころのわたしが大好きでした。
やさしい、やさしいキミから笑顔を奪ってごめんなさい。
友だちに戻れないのがほんとうにツライけど、
きっと穏やかで家庭的なひとと、ちゃんとパパにしてくれる出逢いがあり、しあわせに暮らしていかれますよう祈っています。
お嫁さんにしてくれてありがとう。
Making good things better.
いま、ひとりになって、ようやく泣けるわたしがいます。
というわけで、
年女本厄の春、
齢35にしてはじめてのひとり暮らしが始まろうとしています。
人妻ブランドからの卒業、飽和状態のバツイチ市場へと参入いたします。
またいつか時がきたら書くかもしれませんが、テレビ以外の家電とも強制的な別離を迎えまして、文字通りほとんど裸一貫の新生活を向かえます。
つづく(のかしら?もしかして最終回?)