はぁ~というゲームからの考察
久しぶりの投稿です!
数あるブログの中から
お越し下さりありがとうございます
はぁ~というゲーム
というカードゲーム知ってますか?
これほんとにおもしろくて
子どもや友人たちと集まって
やるのですが
たとえば
「はぁ~」を例に引用すると
なんで?の はぁ
力をためる はぁ
呆然の はぁ
関心の はぁ
怒りの はぁ
とぼけた はぁ
おどろきの はぁ
失恋の はぁ
簡単に言うと
これを演じて人に当ててもらい
そして
人が演じているのを当てるゲーム
なんですよ
これね
それぞれの人生経験による
定義理解観点が試されるわけで
その演技は絶対これやん!
って思っても
全然違うかったり
パターンによって
激似なやつも存在するわけで
はぁ
という音や表現だけでは
理解されない伝わらない
可能性があるってこと
なんだよね
わたしね
突然なんだけど
愛でビジネスって
大好きな講座のインストラクター
させてもらっていてね
この中でも
『愛』という抽象的で
人によって全然
定義理解観点が違うもの
これを人は一般的に
どのように表現するか
その傾向を代表的に
8つのパターンに分けて
紹介していて
これがまさにこの
はぁというゲームと
おんなじ感覚なんだよね
今日もお友達とランチしてて
相手を思いやって発した言葉が
全然そう受け取ってもらえず
真逆に捉えられて絶縁しちゃって
とても悲しかったって話を聞いて
こういう誤解の経験ってある?
わたしは
いくつか強烈な記憶にあって
傷つけるつもりは皆無なのに
まるで刃物でも向けてしまったか?
と思うくらい
相手がバッサリと刺され傷ついて
目の前から去ってく場面
晴天の霹靂にびっくりするんだよね
罪悪感に苛まれるし
後悔もする
人間不信になるし
伝えるのが怖くなったり
自分に自信がなくなるし
自己嫌悪におちいるし
そもそもは
その表現されたものに対する
定義理解観点の違いから
理解されてないって誤解が生じ
さみしさとなり怒りとなって
現れている結果だから
あんまり自己評価を
下げすぎることはなく
冷静に傷つけたことは誤って
誤解のポイントを探ることは大事よね
自分が表現したいものは
必ずしも世界共通とは限らないし
相手が伝えようとしていることも
必ずしも自分の経験と
同じとは限らない
表現の仕方の違いだけでなく
大切にしている価値観の違いもあるし
心地よさや好みの違いもある
ものの見方なんて
100人いたら100通りあるものね
だからこそね
相手が本当に大切にしたいことは
いったいなんなんだろうか?
とか
わたしが一番伝えたいことは
これ!ってことを
多角的に違う表現で伝える方法を
考えてみたりね
あきめずに投げ出さずに
勇気と信頼をもって
その想いを大切に抱きしめて
伝え続けること
これほんとに根気いるしね
相手の態度次第では
モチベーションも
維持できんかったりするしね
それでもさ
遮断せず
繋げておくこと
繋げようと意図すること
大切だなって思う
それがいつか巡りめぐって
大きな恵となって
還ってくるんだと思うな
そんなことを感じた
はぁ~というゲームでした!
最後まで読んでくださって
ありがとうございました!