プラネタリウム
「あっという間に一年だね~」
高架下の居酒屋でレモンサワーを片手に彼女はそう言った。
「..........だと思わない?」
電車の音が彼女の声をかき消す。
「おれもそう思ってた」
「やっぱりね」
お互いに意思疎通できていないことは分かっていた。でもそれでいいのだ。
意思疎通できていないことが意思疎通できた。それが幸せなのだ。
「この街は夜が似合わない?」
彼女と初めて会ったとき、僕にそう言ってきた。
彼女とは2年前この街で出会い、1年前から同棲をしている。
交差点にあるタバコ屋、ちょっと先の喫茶店、一本先のラブホテル。
すべてが夜に似合うこの街が二人は好きだった。
街が人を変えるのだろうか、それとも人が街を変えるのかな?
煙草を燻(くゆ)らせながらそんなことを考えて帰路に就いた。
二人の部屋も夜の街によく似合っていた。
少し高かったけど、お互い迷いなんてなかった。
酒を飲みながらYoutubeで東京03を見る。暇だからコンビニに行って飲みなおす。ベランダで彼女の煙草の相手をする、決まって『tofubeatsの水星』を流すんだ。
不健康な規則正しい生活と、ダサいTシャツを着た彼女が隣にいることが幸せだ。
不安定な生活だけど、永遠に続くように思えた。
この部屋には、まるでプラネタリウムのような綺麗な夜が広がっている。
小説にでも書けそうなほど、僕からしたら美しい日々だった。
多分、いやきっと全てがうまくいきすぎてたのだと思う。
それか、うまく行くようにお互いが知らず知らずに妥協しすぎていたのかもしれない。
たくさん喧嘩もすればよかったのかもしれない。
そんな後悔を今しても遅く、あの部屋と綺麗な夜は空っぽになってしまった。
今は、別の誰かがあの部屋に住んでるらしい。
僕たちが住んでいたのは何年も前のことだ、当たり前だ。
街が人を変えるとしたら、あの部屋はきっとまた別の綺麗な夜が広がっているのだろう。
今は、どんな夜が広がっているのだろう。