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時にはケーキがほろ苦い|『ちょっと思い出しただけ』
ふだんあまり邦画を観ていないのですが、気になっていた『ちょっと思い出しただけ』を観に行きました。
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「バイプレイヤーズ もしも100人の名脇役が映画をつくったら」「くれなずめ」など意欲的な作品を手がけ続けている松居大悟監督のオリジナル脚本を、池松壮亮と伊藤沙莉の主演で映画化。
怪我でダンサーの道を諦めた照生とタクシードライバーの葉を軸に、様々な登場人物たちとの会話を通じて都会の夜に無数に輝く人生の機微を、繊細かつユーモラスに描く。2021年・第34回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、観客賞を受賞。
池松さん演じる照生の誕生日(7月26日)を軸とし、1年ずつ同じ日をさかのぼって、別れてしまった男女の“終わりから始まり”の6年間を描きます。
観客であるわたしたちが、すでに結末を知っている作品は、なんだか別れるに至った答え合わせをしているような、謎解きのような感覚になりました。よく感想で目にする、エモいというのはこのコトか!と。
わたしはこの二人に共感する箇所はなかったのですが、親しい友達の昔の話を聞いている感覚になって、映画はとても面白かったです。
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もっとビターな作品ですが『ブルーバレンタイン』を思い出しました。わたしはまだ鑑賞できていないのですが『花束みたいな恋をした』を挙げている方もいました。
前回の記事『瀑布』もコロナ禍を描いていましたが、本作も6年間を描く中で、コロナ禍での生活の移り変わりも映されていました。きっとこれからの映画はコロナ前後の描き方で、感想や評価が違ってくるんだろうなぁ。現代のお話でマスクをつけていない生活は、もうリアルじゃないもんね。マスクなしで生活していた日常が、もはや懐かしい。
6年間で照生のルーティンは変わらないけど、部屋の散らかり具合が変わっていくのが面白かったな。(少し古そうだけど広くていい部屋だった!)
あまり丁寧さは感じないけど、植物がたくさんあったり、猫ちゃん(名前はもんじゃ)がいたり、照生は繊細で世話するのが好きな人なんだろうなと思いました。
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今回の照生の部屋にもあったのですが、こういう部屋がおしゃれな映画って、必ずドリンキングバードが出てくると思うのはわたしだけでしょうか?
ドリンキングバードについて調べていたら、本作の美術を担当された相馬直樹さんのインタビューに、相馬さんの私物であることが書かれていました!
(ちなみに『エイリアン: コヴェナント』の宇宙船にもドリンキングバードが登場していたらしい。今度は映画の中のドリンキングバード探しをしたいと思います)
おそらく東京に住む二人。
知っている風景がたくさん出てきて少し嬉しい気持ちになりました。とくにわたしは高円寺をよく知っているので、映画後半で二人が深夜にダンスするシーンは、ものすごく映画的なシーンなのに、ドキュメンタリーを観ているような気持ちになってしまった。
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デザイナーの大島依提亜さんが手がけるデザインが大好きなのですが、本作もチラシやパンフレットデザインを担当されており、それもあって作品に興味を持っていました。
パンフレットは表紙だけが小さくてデザインが面白い。インタビューや写真も豊富に掲載されて、作品が気に入った方は満足できるパンフレットになっていると思います。
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▼『ちょっと思い出しただけ』のごはん▼
照生の誕生日を軸として進むので、誕生日ケーキがたくさん登場します。ただ面白いのが、その年々で誕生日ケーキを食べる状況が違うこと。
行きつけのバーで友人たちと食べるケーキ、ケンカしたあとのケーキ、幸せな空間でのケーキ、初めて出会った日のケーキ。そして“ちょっと思い出した”ときのケーキ。
甘いはずのケーキが、時にほろ苦い。こうやってケーキだけしか登場しなくても、ものすごくバリエーション豊かなごはん映画だなと。そして誕生日という1年に一回しかない日で振り返る、脚本が面白いなぁと改めて思いました。
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