回帰するオタク、蘇る泥沼
最近また”オタク”をやっている。ような感じがする。とっても楽しい。
まっさらな気持ちでエンタメを摂取すること、その喜び。
こんなにも楽しかったのか、となっている。
コンテンツ、偉大だ。オタク万歳。
ここ二、三年だろうか、自分の中では比較的あまりオタ活みたいなことをしていなかった。
正確に言えば、チェックはしていた。でものめり込むようなことをあまりしていなかった。
別に興味が薄れたとかではない。観たかったけど観れてないものとかたんまりある。
たんまりあるけど、観る気が起きない。
観始めないからのめり込むこともない。
所謂ライトオタクってこんな感じか〜と他人事のように思ったりした。
何故?
学生の時分より時間が無い。
そりゃそう。仕事してるし。人は働かなければ生きていけない。
ただまあ、時間は作ろうと思えば作れるということに最近気が付いた。というより友達にそう言われた。esora umaって人なんですけど。
「マッチさん!時間は作ろうと思わなければ作れないよ!自分から暇を生み出すんだ!」とのことである。
全くもってその通りだと今は僕も思う。
お金もそんなにあるわけではない。
そりゃそう。そうではあるが、正直これに関しては時間よりもなんとかなる範疇ではある。
僕はあまり普段から節制が出来るタイプではないが、そこを節制すればいいだけだ。
人は残念ながら欲望のままに生きることは出来ないらしい。南無。
懐が寒いとそもそも娯楽は楽しむことが難しい。オタクっていうのはお金を使う趣味だからね(個人の見解です)。
というわけで反省点を洗い出しながら少しずつなんとかしようとしてたら、結論まあなんとかなった。
人間やれば出来るもんだなあ、とこれまた他人事のように思った僕なのでした。
少しずつ、と書いたことについて少し話そう。
まず手始めに「今期一番観たいアニメを当日リアタイする」から始めることにした。リハビリだ。
以前は当たり前のようにやっていたこと。
特定の曜日に1日30分の時間を作るだけ。
場合によってはもう30分本編を見返したり余韻に浸るために空けたりもするが、それにしてもたった一時間である。これくらいは多分どんなに忙しい人でも出来る。
リアタイリハビリ作品に選んだのは今となっては2022年夏クール覇権アニメと名高い「リコリス・リコイル」。
キャラデザのいみぎむる先生の大ファンなのでいずれ絶対観るとは決めていたが、まあ折角だしリアタイしてみることにした。
そんな軽い気持ちで、前日に放送していたAbemaTVの本編第一話アーカイブの再生ボタンを押してみる。
そう、今思えばこれが全ての始まりだった。
そう、この作品、
沼。
ガチ沼だった。
ズッブズブ。
それはびっくりするくらい、逆にもはや清々しいくらい底無しの泥沼だったのである。
もう、作品を形作る全要素が、マ〜〜〜〜〜ジですこぶる良い。最高。
「オタクくん〜こういうのが好きなんでしょ〜?」みたいな要素を全部ぶち込んでごった煮にしたあと日本刀を作るかのごとき繊細さで丁寧に丁寧に練り上げて研ぎ澄ましたかのような、そんな作品だった(超・個人の見解です)。
作品視聴中に「これは絶対自分の中で忘れられない名作になる」っていう確信が芽生えるみたいなこと、それがリアタイ視聴であろうとなかろうとアニオタ諸兄は多分誰もが経験したことがあると思う。
その確信が1話の時点でもうあった。
リコリコのことを話し始めると多分あと5万字くらい書いてしまうし、これまで布教を試みた友人各位に「本当に気持ち悪い」だの「オタクくんの早口お気持ち表明」だの色々言われてきたので自重するが、とにかくそれからはファンアートを漁りまくりキャストラジオを追いグッズを追いでそれはもう大忙し。これぞリアタイ視聴の醍醐味と言わんばかりの目白押しコンテンツの波に溺れる日々。うんうん、そういえばオタクの沼ってこうだったよね。
毎日更新される公式SNSやサブコンテンツのおかげもあってか、あんなに無いと思っていた時間もお金も気付けばなんとかなっていた。
ありがとうリコリコ。良いコンテンツは時に人を救う。
そんなわけで晴れてオタクに復帰(?)してからは早かった。
気になるアニメはとりあえず最初の三話を追い、好きな作品のグッズやら円盤を買い、雑誌を追い、リアタイ作品は感想ツイートを片っ端から拝読しつつFAもふぁぼりまくる。
楽しい。あまりにも楽しい!
オタクで良かった!オタク万歳!
めでたくそんな感じの毎日を送っている。最高だね。ちなみに今期のリアタイ枠は水星の魔女とぼっち・ざ・ろっく!です。対戦よろしくお願いします。
趣味は偉大、好きなことは他人のことなんて気にせず突き詰めるべき、みたいな雑記事を以前書いたのに肝心の自分が忘れてしまっていたらしい。人生楽しむことを忘れてしまったらおしまいである。自戒自戒。
なにより久しぶりにリアタイオタクに戻ってみて気付かされたが、最近の(僕が見た)アニメ、あまりにも客をワクワクさせるのが上手い。
以前の作品以上に「早く続きを見せろ!!!」となるし考察も捗る。ついでに妄想も捗る。オホ〜。
多分アニメオリジナルの作品に特に顕著だと思うが、明らかに展開とか伏線の張り方、回収の仕方に視聴者やSNSへの意識を感じる。
各話ごとの引きへの持って行き方や話題の作り方、そして視聴者がいま心から観たいものは何かを意識してつくっている。
全てを制作陣に握られているという感覚。
シリアスな物語を見ていても心地良いし、噛み合ったときの気持ち良さがすごい。
素人ながらに上手いなあ、と思う。毎話スタンディングオベーションしたい。
それでいてそれらの作品たちは「作り手が本当に伝えたいこと、見せたいものは何なのか」が非常に明確であることが多い。
たとえストーリー展開や設定に多少の無理や粗さがあったとしても、それを上回る熱量で「制作陣が伝えたいこと」を豪速球で叩き込まれ続けるような感覚だ。
僕は作り手の意志とか熱量、伝えたいことが目に見えるものがアニメに限らずあらゆるものにおいて大好きなのだが、その点最近見てきたアニメたちはすごく肌に合うものが多かった。
もちろん緻密な設定や世界観を作り込んで、余すことなくそれを見せる作品もとても好きだし、それはそれの良さがある。「シュタゲ」とか「PSYCHO-PASS」とかがそれに当たると思う。言わずもがな大好きである。ただ個人的にはやっぱり
「この物語で伝えたいことはこれ!!!これを伝えるために俺たちはこの作品をつくった!!!食らえこの野郎〜〜〜!!!」
くらいやってくれた方が好きというだけだ。
明確すぎるくらいのメッセージ性。
描かれる丁寧な関係性。
僕のようなオタクはこれだけで三日三晩狂ったように制作陣の掌の上で踊り続けることが出来る。
その点ではこのあいだ公開初日に観に行った「すずめの戸締まり」はめちゃくちゃ最高だった。
新海誠はいつだって最高に狂気染みていて最高に変態だが(超褒め言葉のつもりです)、その物語たちはどれをとっても明確な作品の軸、つまりは作者が伝えたいことや視聴者に感じて欲しい気持ち、そして共有したい作品体験が透けて見えてくる。そしてそれは「すずめの戸締まり」に限らずこれまでの新海作品もそうだが、決して万人に刺さるとは限らないものばかりだ。
それがたとえ一般論から外れていたとしても。
観る人によってはただの間違いでしかなくても。その作り手たる新海誠は自分が信じたものを貫き通して作品を完成させ世に送り出していく。
並大抵の精神力ではない。ともすればそれはエゴとも取れるものだからだ。
観客としても一人の作り手としてもただただ尊敬している。ずっと大好きなクリエイターだ。
どうかこれからも素晴らしい作品で我々を魅了し続けて欲しい。
長々と書いていたらオチがつかなくなってきた。そもそもこんな長々と書くつもりもなかった。
そういえば僕は文章を書くことも好きだったよな、とこれを書いている途中に思い出した。
というわけでこの記事は一般オタクの戯言が大量に書かれたただの長文お気持ち日記でした。楽しかった。
とりあえず思い立ったら即行動。何事もやってみることが肝心なのかもしれない。
やりたいことがあれば勝手にやればいいし、その行為は何者にも侵されるべきではない。行動すること自体は全くもって悪いことではない。
そして運が良ければ、出来上がったそれを誰かが見てくれる。かもしれない。
もしここまで読んでくれた方が居たのであれば最大級の感謝を。きっと僕は運が良いんだと思う。またどこかでお会いしましょう〜。
2022.11.13 マッチ