夜明け前のロックンロール
彼らとの出会いは、正直よく覚えていない。
気付いたらそこにあったもの。
父が車で流していた音楽のうちのひとつ。ビートルズとかOASISとか、スピッツとかミスチルとか、その並びにあるもの。
いつだか家族で出かけたとき、初めて自分で車でかける曲を選んだ時のことを、今でもよく覚えている。
たぶん小学校の四年生とかそれくらいのことだ。
当時買い替えたばかりの車のカーナビにはCDからリッピングしたデータを保存しておけるハードディスクがついていた。
CDをいちいち入れ替えなくても聴く音楽が切り替えられるそれはすごく革新的だったが、幼かった僕にはもう一つ小さな革命が起きていた。
そう、僕は今まで自分が聴いてきたアーティストたちの名前と、その曲たちのタイトルをカーナビのデータを通して知ることが出来るようになっていた。
そしてアルファベット順でズラッと並んだアーティスト名の先頭に、やたらと長いその英字はあった。
ASIAN KUNG-FU GENERATION。
なんて読むか分からないアーティスト名。
変な名前。
なにより、なげえ。
でも読み方すら分からないそのバンドの曲が、ものすごくかっこいいということを、僕はもう知っていた。
そのとき僕がかけたのは「ソルファ」。
「振動覚」から始まる不朽の名盤。彼らが爆発的に売れるきっかけになった2ndフルアルバム。
その2曲目、「リライト」。
激しく歪んだギターから始まるイントロ。叫び散らかすゴッチの声。圧倒的な音圧。
この曲が聴きたくてしょうがなかった。
人生で初めて、主体的に音楽を聴いた瞬間だった。
それはどう考えても当時の僕が知る中で一番かっこいい音楽で、一番かっこいい歌で、一番ロックなバンドだった。
そのときの父は少し驚いていて、でも嬉しそうに「アジカンが好きなのかあ、そうかあ。」と話していたこともよく覚えている。
当時の父は自分の音楽趣味が少しずつ確実に息子の人生を狂わせていたことには、まだ気が付いていなかっただろう。
高校生になって、僕は軽音部に入った。
いつのまにか音楽は身近にあるものになっていた。
家にギターがあるからという理由で、ギターをやることになった。
絶対に「リライト」をやりたかったけど、先輩が既にやっているのでダメだと言われた。
それでもアジカンがやりたかったから、自分のバンドメンバーに「どうしてもこの曲をやりたい」とお願いした。
「ソラニン」という曲だった。
初めてギターを練習した曲。
今思えばギター初心者が最初に弾くには少し難しいかもしれない。
それでも、自分の好きな曲をバンドで合わせるのはすごく楽しかった。
気付けば僕はバンド活動に夢中になっていった。
大学生になって、軽音サークルに入った。
アジカンは4年間で結局5回くらいやったと思う。
どう考えてもやりすぎている。
2回目にアジカンをやったときのメンバーと「この曲は本当に良い。絶対にこれだけはやろう。」と話していた曲があったのを覚えている。
「ワールド ワールド ワールド」というアルバムに、特にタイアップとかでは無いけどものすごく良い曲があって、僕やメンバーはそれが大好きだった。
小学生の僕が最初に好きになったアジカンとは少し違う、でもその歌詞とメロディにはいつも少しだけ胸を締め付けられる、そんな心地良い切なさを纏った曲。
「転がる岩、君に朝が降る」という曲だ。
その曲はずっと後に「ぼっち・ざ・ろっく!」の最終話にてカバーされ大きな話題になるのだが、そのときの僕たちは知る由もない。
そしてさらに後、僕は自分と同じようなルーツを辿ってきた人たちとその曲のカバー動画を作ることにもなる。
もちろん当時の僕は知る由もない。