2.消えないで
不思議な話が静かに広まっている。都市伝説。
誰にも気づかれずに人が消えて行く。
公園のベンチ。私の後ろで、小学生が二人、話していた。
「昨日見たんだ」
「あれ?」
「そう」
「どこで?」
「この公園。ここのベンチに座ってた。高校生かな 女の人」
「消えちゃたの?」
「消えちゃった。フッて、魔法みたいに」
「見間違いじゃなくて?」
「ほんと。女の人の体が何だか透けて見える気がして、じっと見てたら、急に風が吹いて、噴水の水が霧みたいになって、その人を包んだと思ったら……」
「消えちゃったんだ」
「そう。消えちゃった」
「いいなあ」
私は、振り返った。優しそうな男の子が二人。同じ塾のカバンを持っている。
「いいなあ」
その子たちは、本当に羨ましそうに言った。
SNSには、今日も昨日も、毎日毎日、書き込みが増えている。
「私、昨日、見ました。駅のベンチです。男性のサラリーマン。夕方、夕日が当たっていて、キラキラ輝いたと思ったら、消えてしまいました」
「大学生、夜の公園。ブランコに乗ってました。月明かりがスポットライトみたいに、その人を照らしていました」
小学生。校庭の隅、イチョウの木の下。その子は、空を見上げていた。
老人が堤防に腰かけ、海を見ながら消えていった。
周りに大勢いても、誰も気がつかない。気がついていたのかもしれないけど。誰も気にしていない。
都市伝説? ホント? ウソ?。
太陽に手をかざすと、手が朱色に染まり、骨の形が浮び上がってくるように見えたことはありませんか。何となく元気がない日、なんて言うか、存在感が無いというか、このまま、消えていってしまいそうな心細い思いをしたことはないですか。
影が薄いっていう言葉は比喩ではなく、本当に、影が薄い人がいて、人間には誰にも影の薄い日があって。実は、影が薄いんじゃなくて、存在そのものが希薄で、そして、それが進むと、最後には消えてしまう……。
行方不明の人が増えていて、昔からある神隠しというのも、本当は……。
「消えてもいいよね」
その子たちは小さな声で話し続けていた。
消えてもいい。消えても誰も気がつかない。
みんなきっと、すぐ忘れてしまう。今までも、いつもそうだったように。消えた人のことなんて、すぐに忘れて、何も変らずに動いていく。
「消えたいよね」
右側の子が言った。
左の子がうなずく。
私は?。
小指の先が少し透明になっている。本の上に手を載せると、下の文字が見えるような気がする。
消えてしまいたい。時々、考える。正直に言うと、私も……。
二人の姿がぼんやりした。
えっ? 私は目を凝らして見た。消えるの?。
「でも、来週、新しいゲームが出るだろ」
「そうそう、少し楽しみだよね」
また、濃くなった。二人の心を表すように、薄くなって、濃くなって、また薄くなって。
「ハムスターがちょっと心配なんだ。僕しか面倒みないから」
「僕は、そういうのないな。お母さんがペット禁止だって」
「そうなんだ」
「忙しくて、ペットの面倒までみてられないでしょって」
右の子の影が少し薄い。
右の子が顔を上げた。私と目が合った。
「消えないで」
私は、頭の中でつぶやいた。
なぜだろう? どうして、そんなことを思ったのだろう。
その子が、びっくりしたような顔をした。
その子が静かにうなずいた。私もうなずく。
「僕も何か飼ってみようかな」
影が少し濃くなる。
「カメとか、メダカとか?」
私は立ち上がり、二人に背を向けた。
「おねえさんも、消えないで」
声が聞こえたような気がした。
消えないで。
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