新工場長会見記
(平成二年五月)
昨年わたしが奈良に帰ったころに、前工場長の退職のニュースを知ったことを思い出して、月日のたつのが早いことをしみじみと思い、また年を重ねるごとにそのスピードが増して行くように思われて少なからず焦りを覚える。
この十ヶ月あまりで、確かにT社のI工場はその様相に大きた変化が見られる。全体的にいうならば良い方向に向かっていると言える。これはわたしがこの工場の開設以来のおつきあいをしているから見える変化で、決して前任の工場長をけなすつもりではない。人が変われば方向が変わるのはごく当然のなりゆきであって、それがこの地におけるこの会社の顔になって行くのであるから、トップは自分の顔に責任を持つことを余儀なくされるということになる。
ところがわたしはこの十ヶ月の間に、おそらく一度も新任のT氏を見かけたことがない。社内の人の話の上でだけ登場する、みんなをピリピリさせるような雰囲気をもっているらしいT氏は、いったいどんな顔の、どんな声のどんな話し方をする人なんだろうとわたしの興味はつのる一方であるが、いっこうに会うチャンスは来ない。
廊下ですれちがうときにぶっつかりそうになったりとか、誰もいないからといって階段を一段抜かしに駆けあがっている現場を見つかったりとか、何かそういうまずいところででもいいからとにかく氏とお話しのできるきっかけがほしいと思っていた。事務所に行くたびに工場長室の方をチラと見るが、たいていだれか社員の人がいて、例のついたての影の人物はいるにはいるらしいが映画の「黒幕」ででもあるかのように容易にその全貌を現わさない。
工場内のルールは次第にその厳しさを増して行き、その浸度の速度と深さにわたしはますます未知のT氏に会う必要を感じるようになっていった。
S課長は以前からの知り合いであるから、彼に工場長に紹介してくださいと頼めば聞いてくれなくはないであろうとも思ったが、どうも人に物事を頼むのはわたしの性分が承知しない。かといっていきなり工場長室に入っても行けない。非常に忙しい人物であるらしいことは先刻承知であるので、事前に都合をうかがう必要がある。
そして、たいせつなのは会ったとしていったい何をどのように話すかが大きな問題である。とくに話しもないのに彼の貴重な時間を無駄にすることはできない。これまでの人の話では、物事の論理立てと準備を周到にせずに彼にたいしたためにひどく叱られたという例があるらしいので、これはわたしとて慎重にならざるを得ない。
わたしがいつも納品に行く食堂に柱のそばに自在回転の社内専用の電話がある。この電話を過去数回ではあるが自分が用事のある人のところにかけたことがある。電話のそばに透明のカードケースに入った各部所の番号が書かれた紙がおいてある。これを利用しない手はない、と他人に頼まず直接T氏と話せる回線を見た。もちろん最上段に書かれている。ダイヤルしたが誰も出ない。あきらめて次の日もう一度ダイヤルしてみた。こんどは出た。しかしそれはどうもT氏ではないことが話していてわかった。だれだかわからないが、 とにかくその場所にT氏がいっしょにいることはこれでわかったので、わたしはかなり強引にT氏につないでくれるように頼んだ。
すばらしいバリトンの落着いた声が聞こえた。自分の名前をいって、もうそろそろ一年になろうとしているのにまだ一度もお会いしたことがないから、ぜひ一度お目にかかってお話ししたいが、いつならば御都合がいいかとていねいに、また同時に有無を言わせないほどのあつかましさでT氏にかけあった。
氏はわたしが何者であるかがまったくわからないようである。当然である。わたしもあちらを知らないのだから。その日はスケデュールがいっぱいということである。では明日は、とこれ以上ない図々しさで次の日のお昼休みのすぐあと、という約束を得ることができた。
いつも検品をしてくれる会社のお嬢さんに「ねえ、工場長は分刻みのスケデュールなのかしら?」と二日ほど前に聞いてみたが、どうもしょっちゅうだれかとお話ししているらしいので、もしかしたらダメかなと思っていたのが時間までちゃんと決めてくださったので「やったあ!」と思って電話のそばをはなれた。そのときに検品のお嬢さんが食堂にはいってきた。後でわかったのであるが、このときにこのお嬢さんに会わなければ誤解の上に誤解が重なるという結果になったかも知れない。
会社からもどってからわたしは明日の会見に備えて話の内容やその順序立て、自分が工場長の立場ならばわたしのような人間からどんなものを期待しているだろうかというようなことを考え始めたが、どうもまとまらない。こういうときには神さまにすべてをゆだねるのが最良の方法である。次の日の約束の時刻までにわたしは何度も祈りをくりかえしている。
まとまらない考えを巡らせてもしょうがないと西本先生が送ってくださったイタリア語のテキストを開いて、これまで見た講座の復讐のまねごとしていたら、店にいた娘が電話と呼びにきた。会社のA係長だという。 へえ?珍しいねえ、何かしら」といたって呑気に明るく「はーい、代りました」と電話に出るとその内容はあまり芳しくないものであった。
つまり、わたしがT氏と話すために社内電話を使ったことがまずかったことがわかったのである。人が社会生活をしていく上で自然にできあがったルールを常識と呼ぶならば、わたしの場合はその一部は完全に欠落しているといえる。「こんなことはいちいち書いたり説明したりしなくとも『常識』でわかっているだろう」というようなものは、わたしにはまったく通用しないときがある。そう、何か強い目的に押されて行動するときには、ほとんど手 段を選ばないで、結果が同じであればプロセスはどうでもいいだろうという非常に身勝手な考えのもとに突っ走ってしまうのである。A係長に「人の会社にきて・・・」といわれて、はじめてわたしが大変な考え違いをしていたことがわかったのである。
A係長はまずわたしが今日工場長と話をしたかどうかを確認した上で、何か取引き上での話があるのかどうかをたずねた。わたしはそうではないとはっきり言って、ごく個人的に工場長と話をしたい旨を述べた。それならば電話は外線を使って総務を通して申し込まれればよかったのに、とA係長はもっともな意見を言われる。そういえばそうである。
工場長室でわたしの電話をはじめにとったのはK課長で、いったいだれがこのようなとんでもない電話をここへ取り継いだのかと大変なさわぎになったらしい。これも後で聞いてわかったのであるが、どうもわたしが飲み屋のママかなんかで、だれかがカン違いしたらしいことが騒ぎのもとであるらしい。そういう品の悪いカン違いをしたことをわたしにいうのは失礼と思いやってくれたのか、A係長は詳しくはその電話では話されなかった。
多少は動揺したが、とにかく明日のことは取消しになったわけではないので、わたしA係長におわびを言って電話を置いた。
明日市場の帰りに会社に寄って、まずA係長に謝らなければ、そしてカン違いをしたのはあちらの勝手ではあるが、そのもとを作ったわたしの非礼をK課長におわびをする必要があると思った。 ま、謝っても許してくれないほどハナシのわからん人達じゃないだから、と、わたしはごく楽観的に構えて、それよりもT氏に話すことを前もって準備しなくてはとその夜はなかなか寝つかれなかった。 逆に触れる、ということばがあるが、どうもわたしがこれから会おうとしている人は、そういう鱗をもった大物であるらしいこと が、チャチな釣り竿と穴のあいたようなタモしか用意しなかった釣り人の話しからして察することができる。果たしてわたしの竿で大丈夫だろうかと心配がなくもない。 しかし今からそれを考えてもしかたがない。お任せ神さま、である。
翌日の約束の時間に、わたしはなんと応接室に通された。前工場長のときには気軽にノックして工場長室に入って行ったのに外からのたいせつなお客様扱いである。
わたしとしては会社はこちらのお客様であるからおおいに恐れ入った。案内してくれたA係長にお礼をいって部屋で待っていると、ほどなくT氏がついにわたしの前に現れた。
あつかましいお願いを聞いてくれたお礼と昨日の無礼な電話のお詫びと、わたしのあいさつは目まぐるしい。とにかくこうして目の前に、一年も前からどんな人だろうと気にかけていた人がいるのである。
朝、市場の帰りにA係長のところに行ってお詫びしたときにはK課長は不在であった。わたしはおそらくA係長が外部の者にたいする「しつけ」が悪いといってひどくお目玉を食ったのではないかと案じて、そのA係長の上司であるK課長も同様に叱られたかも知れないし、また、そのほかにもわたしのためにあらぬとばっちりを受けた人がいるかも知れない、とにかくそういう人達全部のところへ行って頭を下げる覚悟でいた。しかしどうも問題は別のことにすりかわっているらしく、例の食堂であったお嬢さんの証言で、電話の主がわたしであることが判明したとたんにいやしいカン違いをしてしまった人は立場が悪くなった、ということがトラブルの正体であるようすである。工場長にその一部始終を話す必要もなさそうであるし、とにかくわたしは自分の常識のなさだけをお詫びした。「いや、いいですよ」とT氏は大様に言ってくださる。
わたしは大海に浮かぶ一艘の船に例えた工場の印象から話をはじめた。つまり自分の意志をもって動きはじめた船を見た強い感じと、そういう力をわずか半年で発揮できる人はどんな人であるのかと興味をもったことを、ほとんどありのまま感じたままを話した。 ハードな面だけではこうは行かない、どんなソフトの面をもっている人であるのか、興味をもたないほうがおかしいとわたしは思っている。このときの話の内容は、今はここまででとどめておく。詳しいことは別のチャンスを待つことにする。
会見は工場長の会議の予定時刻に少し食い込んでしまったらしいので、三十分くらいで終わった。ふたりで応接室を出ると事務所にいたすべての人の視線がこちらに集まった。わたしは何か悪いことでもしてしまったのかと一瞬とまどったが、神さまがすべてを御存知であるし、すべてをゆだねてこの会見にのぞんだわたしには何の悔いも心配もないということにすぐ考えがもどった。ひとことでいうならば、T氏との話は楽しく、収穫もあり、百%ととまで言わなくもお互いに遠慮しないで考えていることを話しあえたと思う。 そして、ほとんどの人がT氏にたいしてもっているようなピリピリはわたしには無用のものであることがわかった。