【イベントレポート】まちと宿ラボ #5 情報発信から始まる地域と宿の関係づくり
「『まち』の情報発信から始まる、地域の宿泊施設と関係づくり」というテーマのもと開催された、まちと宿ラボ #5。
新型コロナウイルスの影響で、昨年に引き続き海外からの観光客がほとんどいない状況が続いた2021年。京都や金沢で宿泊施設を営む3名のゲストスピーカーを招いて行われた今回のイベントには、宿泊施設の方や観光事業に携わる方など約40名が参加しました。
地域と関係づくりをするときに大切にしていることや実際の苦労などの赤裸々な話に、ゲスト・参加者が一体となってディスカッションが行われました。
オンライン・オフラインでの初の同時開催
会場に並べられた20席の椅子。それに加えてオンライン上にも約20名の方が集まりました。ぞくぞくと集まる参加者の中から「お久しぶりです」との声もちらほら。すでに宿を運営している人の他にも、来年から宿泊施設に就職するという方、地域の情報発信に興味がある方など様々なバックグラウンドを持った参加者たちが参加されていました。
お互いの自己紹介が終わり、会場が和やかな雰囲気になったところで、まずは各ゲストによるプレゼンテーションが始まりました。
ゲストたちのコロナ禍での実践とは?
最初に、京都や金沢で宿を営んでいる3名のゲストスピーカーに、それぞれの取り組みや地域との関係づくりで大切にしていることについて話していただきました。
HOSTEL NINIROOM 共同代表 西濱萌根さん
姉妹で立ち上げたHOSTEL NINIROOMのコンセプトは「友達の部屋」です。
『友だちが友だちを紹介し、自然とコミュニティが広がっていくような場を作りたいと思ってスタートしました。印刷会社をリノベーションしたホステルの一階はカフェになっており、泊まりに来た人だけではなく、ふらっと立ち寄った地域のひとの憩いの場にもなっています。
NINIROOMという場を活かして地域の行事を開催したり、京都に暮らす人が日替わりオーナーとなって毎日違うランチメニューを提供したり。現在では、京都に訪れた人の宿としてだけでなく、町の人が集まる公民館のような場所でもあります。
そんなNINIROOMでは、今年になって10代の少女の居場所をつくるための「わかくさカフェ」というプロジェクトも行っています。コロナになって、家にいなくてはいけないけど居場所がない。そんなバックグラウンドをもつ10代女性の方に休憩スペースや食事、生活用品の提供をしています。
また、Webメディア「おとなりさんとよそさん」では、NINIROOMのある京都・岡崎エリアにくらす人(おとなりさん)と、京都を訪れた人(よそさん)のそれぞれの視点から見た町の声を発信しています。
昨年から長期で滞在するゲストも増えていて、一週間以上の滞在してくれる方の宿泊日数はコロナ前と比べても3.6倍になりました。その中には「これから京都で暮らしたい」と考えている人も。その流れを受けて、京都に暮らす人・訪れた人という二者に加えて、「これから京都に暮らす人」という三者の視点から、地域との関係を見つめていきたいと考えています。』
KéFU stay & lounge マネージャー 横山恵さん
『KéFU stay & loungeは、2020年に京都・西陣にオープンしました。このエリアでは織物を中心とした伝統産業や調味料などの専門店に加え、新たなお店も生まれています。新しいもの・古いものが入り混じるこの町で「いつもの京を、特別な今日に」というコンセプトのもと、地域に暮らす人、訪れた人の両者が、西陣の町や普段の暮らしから新鮮な発見を得られるような様々な取り組みを行っています。
その中でもこだわりは、カフェで提供しているメニュー。西陣の食材や調味料を約20店舗から仕入れ、それをひとつのプレートにして提供しています。実際に食べて気に入ってもらったら、西陣にある仕入先のお店にも足を運んでもらえるように、仕入先の各店舗をマップにまとめてお客さんに渡す工夫もしています。
イベントも定期的に開催しています。その中でも人気なのは「フォト・ウォーク」という町を歩きながら写真を撮るというもの。プロのカメラマンに写真の撮り方を学びつつ、町の魅力に触れることができるこのイベントには、宿泊に訪れた方だけではなく地元の人も参加します。近所の方でも、写真を撮りながら歩くことで普段見えなかった町の一面を発見するきっかけにもなっています。
西陣にまつわるメディア「osanote」も運営しています。Webサイトに加えて、地域の方にも手に取ってもらえるようにフリーペーパーも作成しています。Webサイトでは西陣にまつわる30人がリレー形式でコラムを投稿しており、西陣の暮らしのリアルなシーンを知ることができるメディアになっています。
京都のインバウンドの盛り上がりがピークだった3年前からオープン前の準備を始めたKéFU は、もともと西陣の暮らしや魅力を発信するための宿ということは考えていませんでした。スタッフがこの町に暮らしていく中で西陣の魅力を発見したり、コロナの影響もあって自然に地域との繋がりが深まっていきましたね。現在も、町と宿がお互いにメリットのある関係性をつくることを考えて運営しています。』
LINNAS Kanazawa 代表 松下秋裕さん
LINNASとは、エストニア語で「町のなかで」という意味があります。そんなLINNAS Kanazawaでは、町の中の人と外の人が垣根を越えてつながり合う居心地のいい豊かな日常をつくることを目指して、さまざまな取り組みをしています。
LINNAS Kanazawaのコンセプトは「衣食住働遊」。自分たちの宿で完結するのではなくて、地域のおもしろい会社や人たちとつながりながら、金沢での暮らしや遊びを楽しんでもらえるような場所づくりを目指しています。
コロナの前は、宿泊客のうちインバウンドの方が約85%。今はほとんどインバウンドがない中で、関東や関西だけではなく、石川県内の方が泊まりに来ださることも多いです。現在は、長期滞在やお試しで移住することが目的で滞在する人も増えています。
地域との関係性を築くときに大切にしているのは、とにかく「名前を覚える、そして名前を覚えてもらうこと」ですね。宿泊にきたゲストにお店を紹介する時も、お店の名前だけではなく合わせてそこで働く人の名前も伝えるようにしています。目立たないところではありますが、宿泊に来た人と金沢に暮らす人が自然と繋がっていけるような取り組みをしています。
最近では、Youtubeでの情報発信にも力を入れており「LINNAS Channel」というチャンネルを運営しています。地域の魅力をホテルマンが発信するというテーマのもと、スタッフが町のおもしろいところへ取材に行って地域とのつながりを作っていっています。
Q&Aセッション/地域との関わりで意識してきたことは?
それぞれのゲストスピーカーの話の後のQ&Aセッションでは、会場の参加者から、いくつかの質問があがりました。
Q1. 情報発信をするうえで、オープン当初に意識していたことはありますか?
【HOSTEL NINIROOM 西濱さん】
宿のある京都・丸太町の雰囲気を大切にしつつ、まずは自分たちの好きなものを発信するということを大切にしていました。人気のお店だから紹介するというのではなくて、スタッフが実際に足を運んで「これ、知ってほしい!」と思ったら紹介する。今もそのプライベートな感性を大切にしながら情報発信をしています。
【KéFU stay & lounge 横山さん】
オープン前、まずは西陣のエリアを歩いて回ったり、その土地に暮らしている人に話を聞いたり。専門店や新旧のユニークなお店が並ぶ魅力的な町で、これを発信しないともったいない感じました。当時は西陣について大々的に発信している人もいなかったので、地域の中で自分たちがその役割を担えたらいいなと思っています。
【LINNAS Kanazawa 松下さん】
オープン前から地元の人との関係性を築くことを大切にしていました。今でも、地元の人のローカルな目線から見たときのLINNASの存在意義は何なのかということを大切にしていて、金沢市というよりは宿のある尾張町の魅力を伝えることができるようにと思っています。
Q2. 宿泊施設と地域との関わり方で苦労したことや意識していたことはありますか?
【HOSTEL NINIROOM 西濱さん】
最初、「宿泊施設を開きます」というふうに近所の方に挨拶をしたのですが、今思えばその時のやり方があまりよくなかったなと感じています。コミュニケーションにすれ違いがあった部分もあって「宿をやりたいだけ」というふうに思われていた面もあり、イベントなどの制約をせざるを得ないときもありました。いまでは日頃からできるだけ顔が見える関係をつくるようにしていて、応援していただけるようになってきました。
【KéFU stay & lounge 横山さん】
近隣前のオープン説明会は大変でしたね。住んでいらっしゃる方も不安で、理解していただくのに苦労しました。オープンしたらカフェに近所の方が来てくださるようになってきてくださっています。「気軽に来てもらえる場所」というのを伝えるためにも、定期的にオープンなイベントをやっています。今思えば、最初の説明会の時に住民の方の不安な点をしっかりぶつけていただいたのが良かったのかもしれません。
【LINNAS Kanazawa 松下さん】
宿の名前だけじゃなくて、自分自身の下の名前を覚えてもらうように意識していました。”LINNAS Kanazawa”だけだと得体のしれない存在という感じですね。今では、”LINNASのあきさん”というふうに名前もあわせて覚えてもらっていますし、自分もそのようにして地域の方のお名前を覚えるようにしています。あと、地元の方と話すときは意識して石川弁を使うようにしたり。私はもともと関東人なのですが、以前「テレビに出てくる人みたいなしゃべり方するね」と言われたこともあったので(笑)。
Q3. イベントをするとき、地域の方を巻き込むにはどのように広報していますか?
【KéFU stay & lounge 横山さん】
近所の幼稚園やアフタースクールにチラシを置かせてもらったり、チラシやクーポンのポスティングをしたりします。お店に来てくださる人には、口頭でイベントのお知らせをすることもありますね。
【LINNAS Kanazawa 松下さん】
基本的にはKéFUさんと一緒です。特に大事なお知らせは町内会で、資料を回覧板を回してもらうこともありますね。
Q&Aセッションでは一歩踏み込んだ話も聞けました。地域との関係性づくりをするうえで絶対的な正解はなく、3名ともやりとりをしていく中で、どういうふうにしていけばいいかを考え、その都度工夫されていることが印象的でした。
関係をつくり続けるなかから、生まれたこととは
イベントの最後には、3つの小グループに分かれてトークセッションが行われました。お金の話や人事の話、さらには人間関係をどうやって作っていくかといった話など「宿泊施設を運営すること」といった枠組みだけには収まらない話に会場が一段と熱を帯びていました。
最後に、ゲストの3名の方からのコメントでイベントは盛況のうちに幕を閉じました。3名とも先が読み切れない状況下でトライ&エラーを繰り返しながら、少しずつ自分たちなりのやり方を見つけていく姿が印象的でした。地域の方々との関係性を築くうえでも、そのスタンスが大切なのかもしれません。
今回ご参加いただいた方々、本当にありがとうございました。
Graphic Record : 三宅正太