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サワガニっ記🦀

ある時、魚屋に出掛けた彼が、蟹を連れて帰った。かき揚げとかを入れる、透明なプラスチックのパックに入れられた7匹のサワガニ。冷蔵庫に入れたから大人しくはしているが、ちゃんとまだ生きていた。(細かい種類は知らないが、とりあえずサワガニとしておく。)

魚屋で売られていたのだから当然なのだが、彼らは食用だ。どうやって調理するのかと私が尋ねると、「素揚げ?」という返事。私は仰天した。

飼おうよ、冗談で言ったのに、本当に飼うことになってしまった。

旧サワガニ邸

虫かごに砂利を敷き、2日に一回水を取り替える。米粒をやったが食べなかったので「蟹のえさ」を買ってきて与えた。でかいハサミで掴んで食べた。虫かごに移してすぐ、2匹が死んでしまった。様子を見ていると、あとの5匹は何とか持ち堪えた。

そのうち、彼は水の取り替えが煩瑣だと言い出し、濾過機能付きの小さな水槽を買うことにした。ペットショップのグッズ売り場を熱心に見ている。情が移ったのかしら、と半ば呆れる。

生き延びた5匹のうち、特徴が明らかなのは2匹だけ。

茶蜘蛛(チャグモ)は、ほかの蟹に比べ体が茶色っぽく、斑点のある細い脚を持っているのがその名の由来だった。
動きが少なく、虫かごの隅でじっと思案に暮れている様子も蜘蛛じみていて少し苦手だった。私が動物・昆虫の中で、最もおそれているのがたぶん蜘蛛なので、いささか不名誉な名前ではある。が、似ているのだから仕方がない。

もう1匹は親分で、おそらくは唯一のオス。一際大きな図体と、ぷっくりした大きな右のハサミを持っている。最も活発で、蟹のくせに文字通り縦横無尽に動く。

生き物にとっての幸せとはなんだろう、とか私は考える。少なくとも、彼らが泡を吹く微かなぷくぷくは、私にとって幸せの音かもしれないな、大げさに言うと。

真新しい水槽に顔を寄せる我々は、今となっては、素揚げなんてとんでもない、という気分に落ち着いているのである。

あっという間に虫かごからご昇進。
何という贅沢な蟹たち、と私は思った。
未だ名もなき1匹の蟹は、作り物の岩の上でポーズをとった。

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