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『リュウノヒゲ』②

 行き当たりばったりな旅を続けていた三尾伸香はとうとう自分が置かれている状況に気づく。幸せは逃げていき不幸もまた逃げていく。それだけ恐れられている彼女が何を思ったか宛てのない旅に出た。それは一世一代の決心だったのだろうが、呆気なく終わった。
「……足止めを食らった。何が原因とは言わないが」
 街のトリックが解けそうだった。人を留めておき飼い殺しにするのだ。文明は頭打ち、情報は溢れかえった。それ以上に人間は何を求めるのだろう。政治が変わりつつあるといえどすぐに先祖返りしてしまうのではないか……そんな心配さえしてしまう。
 ホテルのオーナーに拾われた三尾がまず行ったことが遺書を書くことだった。これ以上旅を続けることはできないと悟り、ここで死んだことにするらしい。しかし人というのは繋がりで出来ているから簡単には死ねない。死なせないのだ。周囲が、まだ逝くなと足を引っ張る。ぽっくり逝ってしまえばいいのにと窓の外の小鳥を眺めながら自嘲していた。公園にも居た小鳥は異常に人懐っこい。慣れているのではなく寒い中餌を確保するのに必死なだけか。
 そんな物思いと共に一日を過ごすのは暇ではない。忙しいのだ。
「どうしましょう。どうしましょうと考えても答えは出ない」
 独り言は寂しく部屋に響いた。もしこのまま旅が再開できなかったら本当に死んだことにしよう。予定を決めた後、突然電話が鳴り響いた。新しい番号は誰にも教えていないのに、なぜ? 通話ボタンを押すか押さないかのタイミングでスマホが勝手に通話ボタンを操作した気がした。
「……もしもし?」
「ああもしもし。久しぶり、元気だった?」
「あの、どなたでしょう」
「株式会社〇〇のオサダです。やっと繋がった、よかった」
 覚えのない相手に戸惑う。三尾はほとんど知り合いが居ない。旅先で再開した相手と話すぐらい、こうやって電話越しで話すことはほとんどなかった。そして大企業の名前を聞きどうしても疑問を抱かざるを得なかった。
「もしかして詐欺か何かですか」
「詐欺と言えば詐欺です。あなたを救うための」
 もしかして、と思い出したネットニュース。詐欺集団がいろいろな事情で困った人間を助けているという内容だ。突然見ず知らずの人物から電話がかかってきて、最初は怪しむものの、いつの間にか困りごとを解決していくという。噂ではなく実際に起こっている出来事だった。
「希望も何も聞きません。あなたが望むようになるでしょう。私どもは詐欺集団と言われても構わない。ただ、あなたは幸せになるべきだ」
「嘘を言わないで」
「言ってませんよ。本当の事です」
 旅の途中で危険な目に遭うより危険だと察した。三尾が望むのはおそらく幸せではない。むしろ不幸を望んでいる。幸せになってしまったらと思うと拒否反応を示してしまう。オサダがそれを察知してすかさず付け加える。
「幸せは人それぞれ。不幸が幸せだって人も居る」
 その言葉で頼ってみようと心が動いた。

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