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『リュウノヒゲ』③

 詐欺集団のアジトがどこかと言われれば、株式会社〇〇の登記情報を確認すればすぐに解った。キューブ型の建物は一見コンパクトに見えたが、コンクリート壁を見上げるほど巨大な建物だとエントランスを通り過ぎた頃に気づいた。そんな場所に招かれたのはオサダの厚意であり会社の方針に沿ってではない。勝手な振る舞いをしてはクビになるのではないか……三尾は心配になる。
「こういう風に声をかけられたのは初めてで……なぜこのような事を」
「私は知りませんね。入社したらいつの間にか仕事を教えられて。普通だと思っていたんです。そうしたらネットニュースで噂になった」
「犯罪だからじゃないの?」
「それはない。犯罪だったら被害者が出てるはずだ。皆幸せになっている」
 それだけ自信があるということは過去にいろいろな人を救ってきたのだろう。信頼のおける会社だと思えるのも無理はなかった。エントランスを過ぎ上階に向かう途中、クライアントと思しき人物と担当者の記念撮影が飾られていた。階段の踊り場で立ち止まりまじまじと見つめる。もしかして、と胸騒ぎがした。
「――洗脳されているのかな」
 そう一言。確かに幸せそうに見える。笑顔で写真に写っている。それが不思議で仕方がないらしい。オサダは首を傾げる。
「どうにもあなたは今までに会ったことのないタイプだ。理解が出来ない」
「それはどういう……」
「最初はもっと不安がるはず」
「ああ、そういうこと」
「謎解きが好きなんだね。私も割と似ているところがある」
「まあそういう事にしておきます」
 他愛のない話は続いた。払拭された怪しい雰囲気とお互いの身の上話を普通に出来る相手に自然と心が軽くなる。しかしこういうところが危険なのだと教えられたのを思い出す。
 オサダの一歩後ろで立ち止まった。もうすぐ客室に入ろうという時だった。ここで監禁されて洗脳される可能性があると頭にイメージが浮かんだのだ。三尾の足取りは重かった。オサダはため息をついた。
「幸せは歩いてこない。でも、自分から歩いていけば――」
「そういうのは遠慮します。この先に進めば人生が変わるかもしれない。今まで旅を続けてきて大きな変化を経験してきた。と勘違いしていた。だから違うと思う。いくら変化を経験しても何も変わらないって。それが真実だって」
「ああ……なるほど」
 オサダは誰かに電話を掛ける。少しばかり焦っているようだった。もう一人が部屋から速足で出てきた。二人は話し合っている。三尾の事というより、外部の事でのトラブルらしい。話の内容は専門用語ばかりであまり理解出来なかったがそのような話だろう。このまま夕方まで身動きが取れなかった。そして、転機が訪れると思いきや、訪れなかった。
「残念ながら資格がないようで。申し訳ない」

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