見出し画像

『リュウノヒゲ』⑤

 三尾が旅をしていた訳を誰かに話したのは久しぶりだった。突然の出来事で相手は戸惑ったかもしれないが、それでも事細かに覚えていることを話した後、気分は軽くなった。そして落ち込んでいたのは旅をするはずだった目的地が「墓場」だったということに気づいたからだった。
 旅人、というより、人生に迷った人間が最後に発見されるのがいわゆる「墓場」だった。引き寄せられるのだ。皆おそらく盲目になるのが苦しいと感じる。枯れ葉の森にひっそりと佇む墓標といえば遊び心があるブランコを目にした瞬間「ああ、ここに居ていいのだ」と安心すると同時に「ああ、ここで終わるのか」と悟るという。次第に心と身体が引き裂かれ視界が暗闇に変わる。だからだろう。自覚なく死ぬから安らかに眠れる。笑顔だった。発見された人間は……。
 決して警察が動くことはなかったのだ。この「墓標」は何かを引き寄せ、ここで安楽死のように安らかに眠らせる。クロロホルムを用意し、ワンボックスカーを用意するというような手間が一切ない。神隠しのように信じるか信じないか曖昧な話ではない。それが逆に恐怖感を誘うのだった。
 発見者は多かった。しかし誰も口外しなかった。それは死者蘇生の儀式と同じで、生き返らせる方法を知っていたからだった。近隣住民といっても数件しかない屋敷の住人はこう言う。
「明らかに眠っていた。だから起こしただけなんだ……不思議だから怪しまれる」
「私たちは昔からこれが普通だったから。だから」
 確かにそうだった。無傷で笑顔で眠っていた人間が翌朝何事もなかったかのように観光を始める。だから住民は食事を提供し暖かい暖炉の前で語らう。不思議を追求すれば追求できるだろうから興味はあったのだろうが何も言わなかった。そうして数日間滞在した後故郷に帰っていく――。
 三尾が不自然に目的地として割り当てられたのが「墓標」。無意識に拒否反応を示す。
「この先なのがあるのかわからない。目的地にたどり着いたとして私がどうなってしまうのか」
 不安を口にした所で増幅するだけだと解ってはいるがどうしようもない。だから相談するのだが、その相手があろうことか二十面相だった。二十面相が素顔をさらす訳がない。しかし、二十面相は彼女の前で話を聞いて、時折アドバイスをくれた。心強い。三尾が二十面相に相談するとなんでも答えてくれる。人生相談所を開いたほうが良い。
 彼はたまたま「リュウノヒゲ」の情報を持っていた。情報屋らしく報酬が必要ということだったが、それも普通のことのようだ。貴重な情報をタダで話すわけにはいかなかった。それは世間を狂わせるほどの機密情報だからなのか、金に目が眩んだのか定かではない。ただ昔からそんなスタイルで二十面相は暮らしていたらしかった。そして正体を知っているのは三尾ただ一人だけのようだった。
「俺が持っている情報がそんなに必要か?」
「リュウノヒゲが必要。探しているの」

いいなと思ったら応援しよう!