耳のこと
人工骨形成術という手術を受けたことがある。
左耳の聞こえが悪いことは10歳頃にわかっていて、
いつも健康診断で引っかかっていた。
耳鼻科には行っていたのだが原因がハッキリせずそのままになっていた。
いつも右耳で聞くようにしていて、人の左側に立ち、席を選び、だいたいで会話したりしてきた。 時々、換気扇の音が大きい場所や、席順で、今日はムリだなということもあった。
聴力検査か嫌いで、避けてきたのだが、
だいぶ大人になってから、小田急沿線に耳鼻科のゴットハンドがいると聞き、一度行ってみようと考えた。
でも遠いし、検査でめまいが起こることもあるし。。聞こえが良くなることもないのでは??と、あまり気が乗らず、11時すぎに病院に着いた。
受付を済ませると、診察は夕方4時になるという。
周りにお店もないし、帰ろうかなとボッーと座っていたら、 目の前に赤ちゃんがきて、
可愛いなあと 面白い顔をして遊んでいた。
おかげで気持ちが切り替わり、
せっかく来たし、外で待つことにした。
病院に戻ると、診察の声が容赦なく聞こえた。
私の前に5人ほどいて『耳が聞こえなくなって2週間もすぎてしまうとね、なかなか難しいよ』『残念ながら良くはならないね』などと厳しい言葉が続いた。
私の番になり、左耳の聞こえが悪いが、どうしたら良いだろうかと尋ねたら 先生が「あなたの耳はね、耳の骨が硬くなって聞こえが悪くなる病気でね、あ、ちょっと待って。もう一度写真見せて。あ、これはね、耳の奇形だ。一つ内耳の骨がないんだね。ああ、君の耳は僕は直してあげられる』 初めて先生がニッコリとした。
その瞬間、治るのなら何としても治さなければ、ここにいる方に申し訳がたたないと感じた。
自分の骨を削って、内耳に入れその振動で聞こえるようになる手術をすることになった。
色々の検査の後、先生は、軽く、どちらかといえば明るめにこう言った。
『大人になってからわかるケースは珍しいんだよ。 部分麻酔にしてさ、聞こえるようになったら手をあげてよ。そうしたらやめるからさ』
私は 大名声のゴットハンドを前にして、
そんなのコワイです、嫌ですとは言えず、家に帰った。
人に耳掃除をされる5分だけでもツライ。
何よりこわい。 全身麻酔なら喜んで受けるが、部分麻酔は嫌だと夫に言ったら、小さな手術で全身麻酔をするリスクの方が大きい。我慢してと一ミリの譲歩もなかった。
話は平行線となり、近くの耳鼻科へ相談へ行った。
耳の聞こえが良くなることは嬉しいが、 もうン十年もこの耳とつきあってきた。 いまさら手術しなくてもいいかという気持ちもある。
何よりこわい。 と言ったら、先生は
とりあえずどんな状況か調べさせてと、検査室へ入った。
話を聞いていた看護婦さんが『急に聞こえなくなる突発性難聴というのがあります。もし、右の耳がその突発性難聴になってしまわれたら、とてもお困りになるでしょうね』 と、静かに言った。
そうか。そういうこともあり得るのか。
やるしかないか。
手術を受ける病院で たまたま最後の検査が、ほかの先生だったので、全身麻酔を希望したいと伝えた。
『あー、その方がいいよ。この間の患者さんこわいって泣いて、途中手術できず1時間経ったからね、じゃあ全身麻酔ね』と言ってくれた。
間一髪 、助かった。
手術の日は他の病院だと一泊くらいするそうだが、こちらは混んでいるので、日帰り手術。念のために近くのホテルをとる人もいるとのこと。
近くのホテルを予約しておいて本当に正解。
無事、手術は終わった。
手術直後、目が回りそうで、気分が悪くなりそうで、視線さえ動かしたくない。 食欲もない。ただしっかり暗くして寝かせてほしいという感じだった。
術後1週間は仕事を休み、1ヶ月は本調子ではなく、 恐る恐る生活をしていたが、 耳は本当によく聞こえた。
今まで食洗機の音など気にしたことがなかったのに、
うるさいし、扇風機というのはこんなに音がするのかと驚いた。窓を開けて生活していたのに、気になって閉めるようになり、英語も今までと全く違う立体的??な感じで聞こえた。
日々慣れてくると、やはり右の方が聞きやすいと、いつもの位置に戻りがちだが、両方の耳で聞こうと思う。
手術をしてもらった後、先生は40年前に出会えていたらねと、言った。 先生の優しさを沢山感じた。
けれど、私はこの静かなる世界がそういやではなかった。
小学生の頃、本を開くとその世界にそのまま入っていけた。 本を閉じると自分のいる世界に戻ってきていた。 静かで読書に集中できたのではないかと思う。
中学生の時は、すごく怖い体育の先生が 全校生徒を集め、長い間、何事か怒鳴っていた。 声は聞こえているのだが、何を言っているのか分からず、 じっと見ていたら、先生と目が合った。先生は気まずそうな顔をして、手を目の横に持っていって、パーをグーにした。 『目をつぶれ』と言っていたのだ。 私は1人可笑しくてたまらず、笑いを堪えるのに必死だった。
まあ、あまりない経験なので、 手術を前にしている人がいたら、詳しく知りたいかなと思って書いてみました。
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