幸せのチョコリング
近所の大きな書店に繋がるミスドには、いつも甘い香りと店員の元気な声が響いていました。
母に手を引かれミスドに行くと、決まって私にはチョコリングを選んでいました。小学高学年になると、母が店員の声に負けないくらい大きな声で注文するのが、恥ずかしかったことを覚えています。
母がどんな時に私の手を引いて連れて行ってくれていたのかを思い出すことは出来ず、たぶん、私が友達と喧嘩していじけている時に元気が出るようにと連れて行ってくれていたのでしょう。
もう、その本当の理由を知ることは出来ません。
母に聞くことは出来ても、何も返ってこないからです。
母は数年前から認知症が進み、今はグループホームに入所しています。いくら話しかけても何も喋らなくなってずいぶん日が経ち、隣に座っている私が、実の娘だとわかっているのかさえも自信がありませんでした。
その日、グループホームの外出企画で、みんなでミスドに行く事になり、私は仕事を休み、あの頃、母が私の手を引いて来ていたミスドに、今日は私が母の手を引いて来ました。
懐かしのミスドは当時よりもショーケースが大きくなっていたけれど、店員の元気な声、甘い香りは何も変わっていませんでした。
隣で何かが動いた気がしました。
「ん?」
母がショーケースに向かって指を指しているのです。
私の顔を見て、何年も見ていない笑顔で、『チョコリング』を指差していました。
私の瞳から涙が溢れ出て、ただただ母の手を繋いだまま、「チョコリング選んでくれてありがとう」と言うことが精一杯でした。
私の1人娘は5年生になって、反抗期真最中です。
母と私を繋いでくれたミスドに今日は娘と来ています。
娘は、もちろん手は繋いでくれず、自分でドーナツを選びます。
私は店員に負けない元気な声で、「チョコリングひとつ」と注文しました。
娘は隣で怪訝そうな顔で私を見ています。
私は本当に幸せです。
#ミスタードーナツ
折り返しの人生を少しでも素敵に。 アップルコブラーというスイーツが好きです! それを手に入れるためのものも好きです。。。