地味すぎる抵抗 書評誌『本のひろば』2025年2月号「編集室から」
7月の都知事選に始まり自民党の総裁選、衆議院解散に伴う総選挙、米大統領選、兵庫県知事選と、昨年は何かと選挙に明け暮れた年だった。さらに韓国では突如、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領によって宣布された「非常戒厳」がわずか6時間後に解除されるという異例の事態も起こり、その余波は今も続いている。
オールドメディアの影響力をSNSが凌駕したとする評論も散見された。共通して見えてきたのは、YouTubeをはじめとする動画投稿で大量に拡散される短い断定調の言葉の危うさ。尹大統領も極右の発信を熱心に視聴し、野党の抵抗は北朝鮮の謀略だとする荒唐無稽な主張を信じ込んでいたとも報じられている。すでに2010年代後半から、「ポスト真実」(post-truth)への懸念は世界各地で示されてきたが、フェイクニュース、陰謀論の台頭、AI技術の進歩などと相まって、いよいよ末期的な様相を呈している。
教会も他人事ではない。前回の大統領選でも熱烈にトランプ氏を支持し、投開票に不正があったと吹聴するような牧師の動画が耳目を集め、真偽が定かではない反ワクチン言説にのめり込む信徒も少なくない。
特定の個人を槍玉に挙げ、聞くに堪えない悪辣な中傷をまき散らすチャンネルが再生数を稼ぐ様は、世に言う「迷惑系YouTuber」と見紛うばかり。
時流に乗って勢いづくこれらの妄言に対し、客観的事実を重んじるまともな活字媒体の抵抗は、あまりに地味すぎる。言葉の力と可能性を信じる出版界の良識ある底力が、今こそ問われている。