価値観の違いが面白い
久保史緒里は、「乃木坂46の好きなところ」を聞かれて、「みんな違うところ」と答える[a]。
上記は2021年12月のインタビューだったが、それ以降、さらに一歩踏み込んだ発言が見られる。
例えば、乃木坂46が語られる際について回る「乃木坂らしさ」という語。久保は、上述の空気感こそが「乃木坂らしさ」だと考えているようだ。「N46MODE vol.2」(2022/5/10 発売)では、「乃木坂らしさ」とは様々な個性を包む「私たちにしかない「優しさのカタチ」」だと表現した[2][b]。
さらにその後には、そういった個性と関連づける形で、乃木坂46というグループの「(メンバーにとっての)存在意義」をも窺わせるような発言をしている。
非常に面白い解釈だ。メンバー全員がそのような認識を持っているのかどうかは分からないが、少なくとも久保は、「そのような共通認識を持っている」と認識している。
私は1ファンとして、かなり新鮮な解釈だった(おそらく、同じく新鮮さを感じるファンは多かったのではないだろうか)が、同じく「乃木坂46の好きなところ」は「みんな違うところ」である身として、妙にストンと落ちる部分があった。
振り返ってみると、このような久保の「個性を重んじる」思想の形成に大きく影響したのは、同期の大園桃子の存在であった。
2人が面と向かって、特に気まずさも感じさせずにこの会話をしていることに、2人の間の壁がないこと・お互いの価値観を認め合っていることを実感させられる。
また、その1年以上前にも、同様に「信じる」という言葉を用いて、久保は大園をきっかけに他者の価値観を認められるようになった旨を語っていた。(私は当時読んだ際、「価値観を認める」話だとは感じていなかったが、改めて今読み返してみると、ある意味そういう話なのだと思う。)
さらに同記事では、「N46MODE vol.2」で語った「『乃木坂らしさ』とは『優しさのカタチ』」[2]という彼女の現在の思想に繋がる見解を示していた。(こちらも読んだ当時の私はそう感じていなかったのだが、改めて今読み返してみると、ある意味では「様々な個性を認める雰囲気」のことを指しているのだと思う。)
※”キラキラしたもの”という表現は私にはピンとこない部分がある。しかし、清宮レイも同様に「個性を認めてくれる雰囲気」を”キラキラした”と表現していた。メンバーには同じ景色が見えているのだろうか。
さて久保は、別のインタビューで自身の考え方の変化を、より具体的に語っている。これを読むと、加入当時に久保が考えていた「乃木坂の好きなところ」や「乃木坂らしさ」は、冒頭で言及したような現在の久保の考えとは大きく異なっていたことが分かる。
同記事によれば、その変化が起きたのは、2019年の「Sing Out!」期間の頃だと言う。先の「LINE LIVE」や「graduation2020高校卒業」では大園桃子の影響が大きかったことを明かしていたが[c]、それだけではなく、別のインタビューでは「そんな自分になれたのは3期生のおかげなんです」とも語っている[7]。「Sing Out!」で「久しぶりに選抜に戻り、選抜には同期のメンバーも多かったのでいろいろ話したのを覚えています」とのことだ[1]。
(なおそこには、久保自身の変化だけではなく、他の3期生の変化もあったのだろう。活動初期の頃を振り返って久保は「乃木坂46に入って3期生と関わるようになったら、ビックリするくらい全員の価値観が違って。逆に、同期は私のことを接しにくい子だと思っていたはずで、その状態を作ったのは自分自身でした」と話すが[7]、2020年3月時点では「3期のメンバーもいろいろありましたけど、今となっては私の声に耳を傾けてくれるし、私という存在をちゃんと見てくれているって思うし」と言えるようになっていた[5]。)
そういった久保の思いを受けて制作されたのが、見覚えがある方も多いであろう、新メンバーオーディションのCMだった[d]。
久保は、「他者を肯定する力」だけではなく、「自身を肯定する力」をも身に着けていた。
そして、芝居の経験等と相まって(こちらのnoteを参照)、成人式を目前に行われたインタビューでは、加入当初のネガティブな久保からは考えられないほどの自己肯定感を語る。
このような経緯があったからこそ、冒頭で述べたように久保は、「乃木坂46の好きなところ」を聞かれて「みんな違うところ」と答えるし[1]、「乃木坂46は、それぞれが理想とするアイドル像を持っていて、そこに対して切磋琢磨するグループ」と話すのだろう[3]。
そしてだからこそ、久保は自身の道を切り開くことに対して貪欲なのだろう。だからこそ、久保は「アイドルという枠をそこだけに収めずにいさせてくださったのは、生田さんがいてくださったからだと本当に思います。だからこそ、生田さんの歩みを無駄にしたくない思いです」と生田を尊敬するし[10]、2022年1月の乃木神社での成人式では絵馬に「未開拓の地へ」と記したのだ[11]。
そんな久保の思想は、後輩にも影響を与えている。例えば清宮レイは、「山下美月さんの朝ドラ出演もそうですし、期が近い3期生さんとかが、乃木坂初の”未開の地”に足を踏み入れるのが、すごく格好いいと思ってます」と語っているが[12][e]、これは久保の絵馬の言葉を意識しているように思われる。
そしてまた、ファンの1人である私にも。
私は乃木坂46を見ていて、個性が尊重されている感じがすることが、とても好きだ。例えばインタビューを読んでいて、「この子はこういう子だから……」とメンバーが発言している時、他者の価値観を理解し認めているんだなというのが伝わってきて、嬉しい気持ちになる。先に引用した清宮のブログを読んだ時も、ものすごく嬉しかった。その嬉しさは、私自身の個性を尊重して欲しいという社会に対する何となくの不満の裏返しなのかもしれないし、あるいは、たくさんのインタビューを読んでメンバーそれぞれの色々な価値観を知る中で自然と芽生えてきたものなのかなとも思う。
しかし、他ならぬメンバーである久保が同様の思想を、これほどまでに強く発信してくれることに、私は喜び、その思いをより強固なものにしているのだ。(外部からはそう見えていても、実際には内部では個性を押し殺される場面もあるだろうからどうなんだろうと思っていたので、内部からもそう見えるというのを知れるのが、非常に嬉しい。)
ここからは、話題を一転、そんな私が好きな「価値観の違い」が表れたインタビュー記事などをいくつか紹介していきたい。
大園桃子×齋藤飛鳥×堀未央奈
何度読んでも大好きなやり取りだ。ポジティブ思考をベースにする堀未央奈、ネガティブ思考がベースの大園桃子、諦念がベースの齋藤飛鳥。三者三様の思考が見事に凝縮されていて、でもそうやって違っていることが何だか楽しげで、面白い。
(なお、時が経った現在では価値観が変わっていて、同じやり取りが生まれないような気がする。その点でも、貴重で面白い。)
大園桃子×衛藤美彩
3期生の活動初期の頃のインタビューから一つ。この対談では衛藤美彩が、入ってきたばかりの大園桃子にアドバイスを送っている。
「こんな可愛い子がバイクに乗っている姿は新鮮」「ん~、トマトかぁ」と真剣に分析して衛藤が送っているアドバイスが、大園に全然響いていない様子なのが、猛烈に面白い。
将来を見据えて行動を重ねてきた衛藤らしい発言だが、当時の大園には「何かを目指して自分を売り出していく」という価値観そのものがなかったのだろう。しかしそれもまた私が好きなアイドルなのだ。
ちなみに現在の大園は、アパレルブランド経営やYouTube投稿を通じて、自らの好きなことを進んで発信している。衛藤はこの時、「アイドルは自分でいろいろ考えて自己プロデュースしていかないといけないので、流されていたら、たぶん大変だと思うけど。でも、それはいつか気づくよ。「ヤバイ、変わらなきゃ!」って感じる時期が来ると思うから」とも話していた。大園はその後長らく、目標がないことに悩み続けているように見えた。そして結果的に、アイドルという形ではなくなったが、ある意味衛藤の予言通りに変わったのだとも思う。
衛藤美彩×北野日奈子
衛藤が登場する話をもう一つ。衛藤の名前は、卒業から3年以上経った今でも、後輩メンバーのインタビューに登場することがしばしばある。それだけ、衛藤が後輩に与えたものは大きいのだと思う。そしてそれは、衛藤が後輩メンバーにはない価値観を有していたからではないだろうか。
北野日奈子もまた、独特の価値観の持ち主だと思う。メンバーに訪れる「卒業」というものを当たり前のものだと思わず、それを真正面から真剣に考えている。分からないことをなんとなくで済まさず、分からないと言う。(私はそういうところに共感する。)
少し話は逸れるが、2nd写真集のインタビューでは「普通に結婚して子供を産んで……っていう考え方が私にはないんです。みんなにとっては普通だと思うけど、それが全然理解できなくて」とも話していた[16]。
だから、価値観を異にする衛藤にアドバイスを求める。「素直にそのアドバイスを聞けなくて」「衝突してしまっていました」と語るが、印象深い出来事としてこうして話しているということは、それだけ影響を受けているということでもあろう。自らにはない価値観に触れることで、分からないことの理解を、一歩深めるのだ。
(なお衛藤は、北野の価値観を肯定してもいる。上記の話と同じ出来事を指しているかは不明だが、かつて北野が「乃木坂46にいることが幸せで卒業できそうもないんです」と相談した際に、衛藤は「日奈子らしいね」と言ってアドバイスをくれたとのことだ[17]。)
大園桃子×中田敦彦
最後におまけとして、大園桃子と、「らじらー!サンデー」で共演していた中田敦彦についても触れたい。この2人は、よく似ていて、しかし対照的で、非常に面白い関係だと思う。
よく似ている点に、2人とも「自分の考えをはっきり言う」ところがある。ラジオの中でも、2人はそういう話をしていた。
この会話の後で中田は、相方の藤森慎吾について「勧誘とか意外と断れないタイプ」「ズバッとなかなか言えない時がある」と話していた。その意味で大園と中田は似ていて、藤森は対照的、という構図がある[f]。
しかし一方で、大園と中田は、驚くほど綺麗に対照的である。YouTubeで公開された動画にて、それぞれが絵馬に書いた言葉がそれを象徴していた。
現状維持を望む大園と、上を目指す中田。
同動画では、大園が「自分がどれだけ気をつけても、何があるか分からないから」という理由で「交通安全」の御守りを選ぶシーンもあった。先にも取り上げた通り、大園は根がネガティブなところがある。だから、「いま持っているものを失いたくない」という思いが強いのだろう。一方で、中田は野心家だ。だから、「いま持っていないものを手に入れたい」と願う。
2人は綺麗に対照的で、しかしお互いにすごく楽しげである。中田は大園を「いい子すぎる」と笑いながら褒め称え、大園は「真逆じゃん」と笑いつつ「上を目指す方もいいですよね」とその考えを肯定する。
2人とも「自分の考えをはっきり言う」ところがあるが、他人の考えを認めないわけでは決してないのである。むしろ、自分の考えに自信があるからこそ、他人が自分と違う考えを持っていることが怖くないから、それを尊重できるのかもしれない。
終わりに
「価値観の違いが面白い」とタイトルで言いながら、実は私は、ある意味では「価値観の違い」を拒絶している。本記事を一歩引いて見ると、「こういう久保の思想に共感する」「こういう価値観の違いが面白い」という私の価値観の話をしていて、私は読者にその価値観に共感して欲しいと思っている。それだけならいいが、私はむしろ、ネット上で見かける「メンバーの価値観の違いを認めない」価値観への拒否感が非常に強い。これは一体どういうことなのか、私自身書きながら悩んだ。
悩んだ結果、シンプルに私は自分の価値観を提示していいのだ、という結論に達した。本記事で称えているのは特定の範囲の価値観の違いであり、その範囲外の特定の価値観へ拒否感を持っていることは、矛盾しないと思ったからだ。
だから私は提示する。私は乃木坂46を見ていて、個性が尊重されている感じがすることが、とても好きだ。
2022年7月17日(書いている今からすると明日)、個性的な道を切り拓いたメンバーの象徴とも言える山崎怜奈が、乃木坂46を卒業する。
彼女は以前、このようなことを言っていた。
私は乃木坂の集団美も、個性も、両方好きだ。
大人達も、メンバーも、ファンも、同じ未来を見ているといいな。
関連記事
久保史緒里については以下記事でも取り上げているので、興味があればぜひご覧頂きたい。
注釈
a. もう一つ私が非常に好きな発言に、小坂菜緒が日向坂46について表した「誰かと自分を比べるのが恥ずかしいと思える場所」がある[21]。これは、久保が乃木坂46の好きなところを表した「みんな違うところ」という発言と非常によく似ていて、しかし微妙に違うことを言っている気がする。それが乃木坂46と日向坂46のグループカラーの違いを反映しているのかな、などと妄想が膨らむが、この件については別の機会があれば考えてみたい。
b. 「N46MODE vol.2」で久保が語った言葉の中には、5期生に対し様々な声が飛び交う中で、色々な個性を持つ5期生を守りたいという意図を(私は)感じるものがあった。本記事で見てきたような彼女の思想を踏まえると、そのような態度をとる理由がより理解できる。(私はそれを読んだ時、非常に嬉しかった。)
c. 久保は自身のブログでも、大園について「彼女は私の中のアイドルはこうあるべきという概念をひっくり返してくれた子です」という言い方をしており[22]、その影響の大きさが伺える。
d. CMの監督を務めた伊藤衆人氏によれば、「嘘のないよう、本人たちへの取材打ち合わせして作りました」とのこと(Twitter)。
e. 清宮が例に挙げている先輩が、「あえて言うなら、今まで乃木坂46のメンバーが誰も通っていない新たな映像の道を開拓したいです」[23]と語っていた久保ではなく、朝ドラ出演が決まった山下であったのは、切ない。
f. もう一人のMCであった星野みなみも加えて、「らじらー!サンデー」は個性の違いと類似が面白い番組だったと感じる。性格は「大園と中田」「星野と藤森」が似ているようなところがあったが、(だからこそ?)対決企画のペアで抜群の相性を発揮するのは「大園と藤森」「星野と中田」だったと思う。
参考資料
「WHITE graph 008」講談社、2021/12/1
「N46MODE vol.2 乃木坂46 デビュー10周年記念公式ブック」光文社、2022/5/10
「「異質さ、だと思います」ガチファンだった久保史緒里に「乃木坂46」にハマる理由を教えてもらった」新R25、2022/6/27
「乃木坂46・久保史緒里の乃木坂上り坂 ゲスト:大園桃子」LINE LIVE、2021/7/26
「graduation2020高校卒業」東京ニュース通信社、2020/3/21
「今日で18歳です」乃木坂46 清宮レイ 公式ブログ、2021/8/1
「EX大衆 2021年10月号」双葉社、2021/9/15
「乃木坂46 新メンバーオーディション 久保史緒里篇」乃木坂46 OFFICIAL YouTube CHANNEL、YouTube、2021/8/2
「B.L.T. 2022年2月号」東京ニュース通信社、2021/12/25
「生田絵梨花 乃木坂46卒業記念メモリアルブック カノン」講談社、2021/12/14
「乃木坂46久保史緒里:緑の振り袖は先輩に相談 新成人の抱負は「未開拓の地へ」」MANTANWEB、2022/1/7
「乃木坂46清宮レイ「ラヴィット!」月曜レギュラー、ポジティブと笑顔武器に「朝の女」目指す」日刊スポーツ、2022/4/19
「EX大衆 2019年3月号」双葉社、2019/2/15
「BUBKA 2017年3月号」白夜書房、2017/1/31
「BUBKA 2022年3月号」白夜書房、2022/1/31
「乃木坂46 北野日奈子2nd写真集『希望の方角』」白夜書房、2022/2/8
「EX大衆 2020年12月号」双葉社、2020/11/13
「らじらー!サンデー」NHKラジオ第1、2020/9/27
「【大園桃子と日本史散歩①熱海編】鎌倉殿の13人 北条政子の頭髪曼荼羅を見に行こう【伊豆山神社】」中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY、YouTube、2022/4/26
「MARQUEE Vol.144」マーキー・インコーポレイティド、2021/11/12
「B.L.T.graduation2021高校卒業」東京ニュース通信社、2021/3/3
「2021年もお世話になりました。」乃木坂46 久保史緒里 公式ブログ、2021/12/31
「日経エンタテインメント! 乃木坂46 Special 2022」日経BP、2021/12/2
インターネット上の記事・動画は、2021/7/11~2021/7/16に閲覧した。
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