価値観の違いが面白い

久保史緒里は、「乃木坂46の好きなところ」を聞かれて、「みんな違うところ」と答える[a]。

●では最後に、改めて今の久保さんが思う『乃木坂46の好きなところ』を聞かせてください。
「みんな違うところです。これって当たり前のようで当たり前じゃないと思うんですよ。『みんな違って、みんないい』ってよく言うじゃないですか、なのに今の世の中ってそれがなかなか認められてない気がしていて。でも乃木坂46のメンバーはそれぞれ今までの経験も、グループへの考え方も、目指す場所も、夢もみんな違っていて、しかもそれでいいんだと理解し合えている。この空気感が唯一無二だなって思うし、とても居やすくて私はすごく好きです!」

WHITE graph 008(2021/12/1 発売)[1]

上記は2021年12月のインタビューだったが、それ以降、さらに一歩踏み込んだ発言が見られる。

例えば、乃木坂46が語られる際について回る「乃木坂らしさ」という語。久保は、上述の空気感こそが「乃木坂らしさ」だと考えているようだ。「N46MODE vol.2」(2022/5/10 発売)では、「乃木坂らしさ」とは様々な個性を包む「私たちにしかない「優しさのカタチ」」だと表現した[2][b]。

さらにその後には、そういった個性と関連づける形で、乃木坂46というグループの「(メンバーにとっての)存在意義」をも窺わせるような発言をしている。

福田(記者) (前略)乃木坂46ってゴールはあるんですか? AKB48は昔、「東京ドームで公演する」って夢を掲げていたと思うのですが。
久保 明確なゴールはないですね。そこもほかのアイドルとは違うところだと思ってます。
福田 そうなのか…でも、それだとチームとしての一体感がなくなってしまうのでは?
久保 乃木坂46は、それぞれが理想とするアイドル像を持っていて、そこに対して切磋琢磨するグループなんですよ。メンバー全員が「頂点を決めず、それぞれのアイドル坂を登りつづける」という共通認識をずっと持っています。メンバー同士の仲は、すごくいいと思います。ただ、同じ方向を目指しているわけではない。それぞれの個性を発揮するために、「乃木坂46」というひとつの船に乗っている感じですね。

新R25「「異質さ、だと思います」ガチファンだった久保史緒里に「乃木坂46」にハマる理由を教えてもらった」(2022/6/27 公開)[3]

非常に面白い解釈だ。メンバー全員がそのような認識を持っているのかどうかは分からないが、少なくとも久保は、「そのような共通認識を持っている」と認識している。
私は1ファンとして、かなり新鮮な解釈だった(おそらく、同じく新鮮さを感じるファンは多かったのではないだろうか)が、同じく「乃木坂46の好きなところ」は「みんな違うところ」である身として、妙にストンと落ちる部分があった。

振り返ってみると、このような久保の「個性を重んじる」思想の形成に大きく影響したのは、同期の大園桃子の存在であった。

久保 (「5年間を通して得たもの」を聞かれ、)5年前の自分……思い出せないか思い出したくないくらい、人格というか、めちゃめちゃ変わってると思う。こんなに、色んな事に対して、肯定できる人間じゃなかったと思う。もっと、人と人との違いを、「何でそうなるんだろう」って理解できなかったり。
大園 あーなるほどね。「そういう人もいるんだ」ってのが理解できなかったってことか。
久保 そう。理解できたとしても、それに対して「むっ」って思っちゃってたけど、この5年間で、本当に色んな物――それは人だけじゃなくて――色んな物事に対して、肯定するっていう力がついた。
大園 確かに、そう言われると、そうかもしれない。
久保 桃子も!?
大園 うん。自分とは違うんだけど、「こういう人もいるんだな」「この正解もあるんだな」とかいうのを、今までそんなすごく色んな人を見てきたわけじゃないから、そして地元にいる時って自分と似た人と仲良くするわけじゃん。その仲良しグループって感じで、もうそことしか関わらないわけであって。でも、乃木坂っていうメンバーとして、団体になって、関わらないってことがないから、「こういう人がいるんだ」「こういう考え方があるんだ」っていうのも知ったし、それを自分の中で認められるようになった。確かにそれはあるかも。
久保 うん。私はでも意外と、その思考を桃子から学んでたけどね。
大園 えっ、うそ!?
久保 そういう話をしたんだよね……「オーディションして何が変わりましたか?」って言われて、「桃子に会ったことです」って答えた、この前。(筆者注:当時は5期生オーディションの応募期間中であり、それに際して質問を受ける機会があったのだと思われる。もしかすると、オーディションCM制作用の質問だったのかもしれない。)
大園 なんでー?
久保 本当に、出会ったことがない人だったの。「こんな人いるんだ」って思ったし、最初はそれを嘘だとすら思ってた。
大園 あー、この桃子自体が?
久保 そう。「桃子自体が作られたものなんだ」って思ってたの。私がその"肯定する力"を持っていなかったから、そう思ってたんだけど、関われば関わるほど、「これが桃子だ」って分かってくるじゃん。
大園 「こういう生き物なんだ」ってね。
久保 そう。そうすればするほど、この人が本当なんだったのなら、この人の本当を信じて得られるもの、めちゃめちゃあるじゃんって思って。それはすごい思ってたよ。(後略)

LINE LIVE「乃木坂46・久保史緒里の乃木坂上り坂 ゲスト:大園桃子」(2021/7/26 公開)[4]

2人が面と向かって、特に気まずさも感じさせずにこの会話をしていることに、2人の間の壁がないこと・お互いの価値観を認め合っていることを実感させられる。

また、その1年以上前にも、同様に「信じる」という言葉を用いて、久保は大園をきっかけに他者の価値観を認められるようになった旨を語っていた。(私は当時読んだ際、「価値観を認める」話だとは感じていなかったが、改めて今読み返してみると、ある意味そういう話なのだと思う。)

(前略)
「それこそ、(大園)桃子に出会って、私は生き方が変わったと言っても過言ではないくらいです。あんなに純粋な人と出会ったのは生まれて初めてでした。”人に優しくする”ということを、意識してするんじゃなくて、当たり前のこととして出来てしまう子なんですよね。そんな子に初めて出会って、自分の生き方が本当に変わりました」。
(中略)
「桃子に出会って、私は生き方が変わった」というのは、どういうところがでしょうか?
「私はもっと人に興味がなかったというか。必要最低限の人としか関わらない生き方をしていたんですよ。例えば、たった1度しか会ってない人に別に全然興味を持たなかったですし。でも、桃子と出会って、1つ1つの出会いを大切にするようになりましたし、人に興味をもって接するようにもなったんですよね。それは、どこですれ違う人であっても。そうしたら、何て言うんだろうな……。すごく、人の良いところも悪いところも見えてきましたけど、それでも人と話したり、コミュニケーションを取ることが私は好きだから、”声をかけてみよう”って思うようになったんですよね。とりあえず人を信じてみようって。人を信じることを今までしたことがなかったけど、無責任に信じてみようって思うようになったんです。それで裏切られてしまうことはもちろんあるだろうけど、それでも信じた事実は変わらないし、そこで自分を責める必要もないっていう思考に変わりました」。

graduation2020高校卒業(2020/3/21 発売)[5]

さらに同記事では、「N46MODE vol.2」で語った「『乃木坂らしさ』とは『優しさのカタチ』」[2]という彼女の現在の思想に繋がる見解を示していた。(こちらも読んだ当時の私はそう感じていなかったのだが、改めて今読み返してみると、ある意味では「様々な個性を認める雰囲気」のことを指しているのだと思う。)

”キラキラしたもの”とは、具体的にどういうことなんでしょう?
「人の話を聞き、人の心を読む力に長けているかどうかっていうことが、大人になっていく上で大事なんじゃないかなって感じています。自分の話をすることは誰だってできるじゃないですか。でも、人の話を聞いて、相手のことを考えて、行動することっていうのは誰にでもできることではないけど、乃木坂にいると当たり前のことだったりするんですよね。それができる人たちが、たまたまなのか、いっぱいいたから、それが大人なんだなって私は思っていたんです。でも、決して世の中の人すべてがそういうわけではなくて……」。
”キラキラしたもの”が乃木坂には自然培養されているというか。
「不思議ですよね。なんでですかね。それこそ、卒業された先輩を含めて、私が加入する前から作って下さっていた空気感がもうすでに、そういう空気感だったんだろうなとは思うんです。でも、それが途絶えずに、ずっと今もつながっているのがすごいなと思って。3期生にもそういう子がいっぱいいるし、4期ちゃんにもだし、不思議だなって思います」。

graduation2020高校卒業(2020/3/21 発売)[5]

※”キラキラしたもの”という表現は私にはピンとこない部分がある。しかし、清宮レイも同様に「個性を認めてくれる雰囲気」を”キラキラした”と表現していた。メンバーには同じ景色が見えているのだろうか。

乃木坂46は、今までの世界では「変わってるね」「普通じゃないよ」って笑われたことも全部全部受け入れてくれて。
メンバーさん全員がいつでも優しさで包んでくれて。
そんな、キラキラした暖かい場所です。

「今日で18歳です」乃木坂46 清宮レイ 公式ブログ(2021/8/1 公開)[6]

さて久保は、別のインタビューで自身の考え方の変化を、より具体的に語っている。これを読むと、加入当時に久保が考えていた「乃木坂の好きなところ」や「乃木坂らしさ」は、冒頭で言及したような現在の久保の考えとは大きく異なっていたことが分かる。

●そして久保さんはオーディションに合格し、'16年に乃木坂46に加入。好きなグループで活動できる喜びもあったでしょうし、また一方で好きだからこそ壁にぶつかることもあったと思います。
「加入したタイミングで”乃木坂46のファン”という意識は捨てようと思ってました。でも私は、どうしても加入前に見てきた乃木坂46をなぞろうとしちゃって。ちょっとでも自分の知っている乃木坂46から逸れると、すべてが間違っているように感じてしまったんです」
●ファンとしてずっと見てきたからこそ「乃木坂46はこうあるべき」という考えに縛られ過ぎてしまった、と。
「3期生は(大園)桃子をはじめ乃木坂46のことをあまり知らずに入った子が半分くらいいて、その子たちのほうが自由に活動を楽しんでいるように私の目には映りました。逆に、私は最初の1~2年は私の思いを伝えようとしてもうまく伝わらず、3期のみんなといると自分が間違っているように思えて、一緒にいるのがすごく苦しかったです。
 でも、ここ数年になってようやくみんなの価値観を認められるようになって。今振り返ると、当時の自分のやり方も間違っていなかったし、みんなの考え方も正解だったんだなと思います」

WHITE graph 008(2021/12/1 発売)[1]

同記事によれば、その変化が起きたのは、2019年の「Sing Out!」期間の頃だと言う。先の「LINE LIVE」や「graduation2020高校卒業」では大園桃子の影響が大きかったことを明かしていたが[c]、それだけではなく、別のインタビューでは「そんな自分になれたのは3期生のおかげなんです」とも語っている[7]。「Sing Out!」で「久しぶりに選抜に戻り、選抜には同期のメンバーも多かったのでいろいろ話したのを覚えています」とのことだ[1]。
(なおそこには、久保自身の変化だけではなく、他の3期生の変化もあったのだろう。活動初期の頃を振り返って久保は「乃木坂46に入って3期生と関わるようになったら、ビックリするくらい全員の価値観が違って。逆に、同期は私のことを接しにくい子だと思っていたはずで、その状態を作ったのは自分自身でした」と話すが[7]、2020年3月時点では「3期のメンバーもいろいろありましたけど、今となっては私の声に耳を傾けてくれるし、私という存在をちゃんと見てくれているって思うし」と言えるようになっていた[5]。)

そういった久保の思いを受けて制作されたのが、見覚えがある方も多いであろう、新メンバーオーディションのCMだった[d]。

乃木坂46が好きで、地元を飛び出した/「理想の自分」その思いが強かった/だけど、色んな人がいて、色んな価値観を知ったら、すごく楽になって/わたしは、わたしでいいんだ

乃木坂46 OFFICIAL YouTube CHANNEL「乃木坂46 新メンバーオーディション 久保史緒里篇」(2021/8/2 公開)[8]

久保は、「他者を肯定する力」だけではなく、「自身を肯定する力」をも身に着けていた。
そして、芝居の経験等と相まって(こちらのnoteを参照)、成人式を目前に行われたインタビューでは、加入当初のネガティブな久保からは考えられないほどの自己肯定感を語る。

20歳になって思うのは、私は今の自分が今までの人生の中で一番好きだなっていうことです。だから、20歳のままでいたい(笑)。ていうか、毎年歳を重ねても自分のことを好きでいられる自分でいたいですね。今までの私は、ずっと自分のことが嫌いでした。でも、10代の最後に舞台でヒロインを演じさせてもらったり、ドラマで主演をさせていただいたり、「僕は僕を好きになる」で1列目に立たせていただいたりしたことで、自信を持てたのかもしれないです。それは、常に良い時はしっかりと評価してくれて、良くない時も指摘してくれる乃木坂46というグループにいたから。これからも、そんな乃木坂で歳を重ねていきたいです。

B.L.T. 2022年2月号(2021/12/25 発売)[9]

このような経緯があったからこそ、冒頭で述べたように久保は、「乃木坂46の好きなところ」を聞かれて「みんな違うところ」と答えるし[1]、「乃木坂46は、それぞれが理想とするアイドル像を持っていて、そこに対して切磋琢磨するグループ」と話すのだろう[3]。

そしてだからこそ、久保は自身の道を切り開くことに対して貪欲なのだろう。だからこそ、久保は「アイドルという枠をそこだけに収めずにいさせてくださったのは、生田さんがいてくださったからだと本当に思います。だからこそ、生田さんの歩みを無駄にしたくない思いです」と生田を尊敬するし[10]、2022年1月の乃木神社での成人式では絵馬に「未開拓の地へ」と記したのだ[11]。

そんな久保の思想は、後輩にも影響を与えている。例えば清宮レイは、「山下美月さんの朝ドラ出演もそうですし、期が近い3期生さんとかが、乃木坂初の”未開の地”に足を踏み入れるのが、すごく格好いいと思ってます」と語っているが[12][e]、これは久保の絵馬の言葉を意識しているように思われる。

そしてまた、ファンの1人である私にも。
私は乃木坂46を見ていて、個性が尊重されている感じがすることが、とても好きだ。例えばインタビューを読んでいて、「この子はこういう子だから……」とメンバーが発言している時、他者の価値観を理解し認めているんだなというのが伝わってきて、嬉しい気持ちになる。先に引用した清宮のブログを読んだ時も、ものすごく嬉しかった。その嬉しさは、私自身の個性を尊重して欲しいという社会に対する何となくの不満の裏返しなのかもしれないし、あるいは、たくさんのインタビューを読んでメンバーそれぞれの色々な価値観を知る中で自然と芽生えてきたものなのかなとも思う。
しかし、他ならぬメンバーである久保が同様の思想を、これほどまでに強く発信してくれることに、私は喜び、その思いをより強固なものにしているのだ。(外部からはそう見えていても、実際には内部では個性を押し殺される場面もあるだろうからどうなんだろうと思っていたので、内部からもそう見えるというのを知れるのが、非常に嬉しい。)

ここからは、話題を一転、そんな私が好きな「価値観の違い」が表れたインタビュー記事などをいくつか紹介していきたい。

大園桃子×齋藤飛鳥×堀未央奈

大園 (前略)ついつい考えてしまうんですよ。「桃子は幸せになれるのかな」とか。
(中略)
秋元 この前、(齋藤)飛鳥と未央奈と3人でそんな話をしてなかった?
大園 しました。「幸せになれると思いますか?」と聞いたら、飛鳥さんに「思わないよ。なんで自分の人生が幸せなものになると思ってるの?」と言われて(笑)。
秋元 言いそう(笑)。
大園 未央奈さんが「私はポジティブだし、この3人で同じ家に住んだらおかしなことになると思う」と言ってました(笑)。

EX大衆 2019年3月号(2019/2/15 発売)[13]

何度読んでも大好きなやり取りだ。ポジティブ思考をベースにする堀未央奈、ネガティブ思考がベースの大園桃子、諦念がベースの齋藤飛鳥。三者三様の思考が見事に凝縮されていて、でもそうやって違っていることが何だか楽しげで、面白い。
(なお、時が経った現在では価値観が変わっていて、同じやり取りが生まれないような気がする。その点でも、貴重で面白い。)

大園桃子×衛藤美彩

3期生の活動初期の頃のインタビューから一つ。この対談では衛藤美彩が、入ってきたばかりの大園桃子にアドバイスを送っている。

――あと、大園さんは鹿児島でバイク通学をしていたんですよ。
大園 はい、高校まで20分かけて。
(中略)
衛藤 こんな可愛い子がバイクに乗っている姿は新鮮だし、「アイドル×バイク」っていう組み合わせを求めている人もいるかもしれないから、バイクの勉強をしといたほうがいいよ。自分の引き出しとして。
大園 引き出し、ですか?
衛藤 引き出しはたくさんあったほうがいいよ。今のうちに自分の好きなことの種まきをしておいたほうがいいと思う。ずっと言い続けていたら、いつかそれが実を結ぶときが来るから。
――通学手段として乗っていただけで、そこまでバイク好きってわけではないですよね?(笑)
大園 はい、好きでは……。
――大園さんは「トマトが好き」キャラを押し出していますよね。
大園 トマト大好きです! 上京するとき、友達にトマトをいっぱいもらったんですよ。
――「これ食べて東京でもがんばれよ!」って餞別に(笑)。
大園 はい。ふふふ。
衛藤 ん~、トマトかぁ。トマト好きな子は多いからなぁ。ほかには何が好きなの?
大園 けろけろけろっぴ。
衛藤 ん?
――『ハーモニーランド』で着ぐるみと一緒に写真を撮ったりしたんでしょうね(笑)。(筆者注:この対談の冒頭で、大園は大分にある『ハーモニーランド』に行った話をしていた)

BUBKA 2017年3月号(2017/1/31 発売)[14]

「こんな可愛い子がバイクに乗っている姿は新鮮」「ん~、トマトかぁ」と真剣に分析して衛藤が送っているアドバイスが、大園に全然響いていない様子なのが、猛烈に面白い。
将来を見据えて行動を重ねてきた衛藤らしい発言だが、当時の大園には「何かを目指して自分を売り出していく」という価値観そのものがなかったのだろう。しかしそれもまた私が好きなアイドルなのだ。

ちなみに現在の大園は、アパレルブランド経営やYouTube投稿を通じて、自らの好きなことを進んで発信している。衛藤はこの時、「アイドルは自分でいろいろ考えて自己プロデュースしていかないといけないので、流されていたら、たぶん大変だと思うけど。でも、それはいつか気づくよ。「ヤバイ、変わらなきゃ!」って感じる時期が来ると思うから」とも話していた。大園はその後長らく、目標がないことに悩み続けているように見えた。そして結果的に、アイドルという形ではなくなったが、ある意味衛藤の予言通りに変わったのだとも思う。

衛藤美彩×北野日奈子

衛藤が登場する話をもう一つ。衛藤の名前は、卒業から3年以上経った今でも、後輩メンバーのインタビューに登場することがしばしばある。それだけ、衛藤が後輩に与えたものは大きいのだと思う。そしてそれは、衛藤が後輩メンバーにはない価値観を有していたからではないだろうか。

北野 (衛藤)美彩先輩に「なんで卒業するんですか?」って聞いたことがあるんです。その時、「私には未来の設計図があるんだよ。○歳でこうなって、○歳でこうなっていたいな」って話してくれて。美彩先輩はまるで年表のように考えていました。未来に希望を持った生き方をしているなと、凄く感心しました。美彩先輩は頭を回転させながら生きている方でしたから、私にもよくアドバイスをくださいました。「日奈子は衝突ばかりしてないでさ、周りを見渡せば違うドアも開くんじゃない?」って。
 でも、私は素直にそのアドバイスを聞けなくて、「私はまっすぐ走って生きていきたいんです!」なんて、そこでも衝突してしまっていました。
 美彩先輩の話を聞いて、自分の未来を見据えた時に、ここだっていうタイミングが見えるから人はアイドルを卒業するんだろうなって思いました。でも、私は違う。私は選抜を目指して、日々の活動を頑張る事を最優先していました。頭には乃木坂46のことしかありませんでした。

BUBKA 2022年3月号(2022/1/31 発売)[15]

北野日奈子もまた、独特の価値観の持ち主だと思う。メンバーに訪れる「卒業」というものを当たり前のものだと思わず、それを真正面から真剣に考えている。分からないことをなんとなくで済まさず、分からないと言う。(私はそういうところに共感する。)
少し話は逸れるが、2nd写真集のインタビューでは「普通に結婚して子供を産んで……っていう考え方が私にはないんです。みんなにとっては普通だと思うけど、それが全然理解できなくて」とも話していた[16]。

だから、価値観を異にする衛藤にアドバイスを求める。「素直にそのアドバイスを聞けなくて」「衝突してしまっていました」と語るが、印象深い出来事としてこうして話しているということは、それだけ影響を受けているということでもあろう。自らにはない価値観に触れることで、分からないことの理解を、一歩深めるのだ。
(なお衛藤は、北野の価値観を肯定してもいる。上記の話と同じ出来事を指しているかは不明だが、かつて北野が「乃木坂46にいることが幸せで卒業できそうもないんです」と相談した際に、衛藤は「日奈子らしいね」と言ってアドバイスをくれたとのことだ[17]。)

大園桃子×中田敦彦

最後におまけとして、大園桃子と、「らじらー!サンデー」で共演していた中田敦彦についても触れたい。この2人は、よく似ていて、しかし対照的で、非常に面白い関係だと思う。

よく似ている点に、2人とも「自分の考えをはっきり言う」ところがある。ラジオの中でも、2人はそういう話をしていた。

(「お互いに今まで言えてなかったこと」をトークテーマに2人で会話するコーナーにて)
大園 え、「今まで言えてなかったこと」?
中田 えー、なんかあるかな?
大園 なんだろう……「言えてないこと」?
中田 ……あるかな?
大園 え、なーい。
中田 意外となんか、そのまま言うもんね、2人とも。
大園 うん。
中田 思ってることを言えるタイプだもんね。
大園 言えるタイプ。
中田 うん。分かる分かる。そういう意味では、「似たところもあるな」って思う。
大園 えー。何だろ、特にないなあ。
中田 我慢するタイプじゃないもんね?
大園 そうそう。違う。
中田 俺はでも、桃子が、思ったことを言う――それがアイドルっぽくなくても思ったことを言ってる時とか――すごい好きです。
大園 えー。ヘヘヘ。ありがとうございます。
中田 「え?そっち言うんだ!」みたいな、「それ好き」とか「それ嫌い」とかって言う時に、乃木坂っぽくなかったりアイドルっぽくないな、っていう時の桃子がいいなあって思ってるよ。
大園 へー。ありがとうございます。
中田 うん。格好いいなって。
大園 えー、桃子、「中田さんに言ってないこと」何だろう……?
(後略)※「中田さんに言ってないこと」は無いという結論に達する

「らじらー!サンデー」2020年9月27日放送回[18]

この会話の後で中田は、相方の藤森慎吾について「勧誘とか意外と断れないタイプ」「ズバッとなかなか言えない時がある」と話していた。その意味で大園と中田は似ていて、藤森は対照的、という構図がある[f]。

しかし一方で、大園と中田は、驚くほど綺麗に対照的である。YouTubeで公開された動画にて、それぞれが絵馬に書いた言葉がそれを象徴していた。

中田 願いを見せてもらっていいですか?
大園 はい、私の願いはこちら。(書いた絵馬を見せながら)「何事もなく今が続き幸せにありますように。」
中田 いい子すぎる(笑)。フィクションなの?桃子ってフィクションなのかな?
大園 いや違う(笑)。
中田 はい、私行きますね。(書いた絵馬を見せながら)私は、「芸能界の首領ドンになれますように。」
大園 ハハハハハハ、真逆じゃん(笑)。
中田 真逆だ(笑)。全てをね、支配したいなあなんて、思ってます。
大園 いいですね、清々しいです(笑)。
中田 清々しい?(笑)。そうなんですよ。
(中略)
中田 「何事もなく今が続き幸せにありますように。」……そう思ってるんだ?
大園 たぶん「幸せに気づけますように」って書いた時は(筆者注:大園は2020年1月の乃木神社での成人式にて、絵馬にそう書いた)、いっぱい幸せがある環境の中でそれに気づけなかったんですね。で、今はもう気づけるようになって、それが壊れて欲しくないって思うようになったから、今、幸せが少しでも長く続くように頑張らないといけないな、って思ってます。
中田 なんという……素晴らしいことだね。俺も、すごい幸せなんだよね。今も幸せだなあって思ってるし、恵まれているなって思うんだけど、どうしても芸能界の首領ドンになりたい(笑)。
大園 (笑)。でも、上を目指す方もいいですよね。
中田 そうだね。楽しいんだよね。そのスタンスが。
大園 うんうん。

中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY「【大園桃子と日本史散歩①熱海編】鎌倉殿の13人 北条政子の頭髪曼荼羅を見に行こう【伊豆山神社】」(2022/4/26 公開)[19]

現状維持を望む大園と、上を目指す中田。
同動画では、大園が「自分がどれだけ気をつけても、何があるか分からないから」という理由で「交通安全」の御守りを選ぶシーンもあった。先にも取り上げた通り、大園は根がネガティブなところがある。だから、「いま持っているものを失いたくない」という思いが強いのだろう。一方で、中田は野心家だ。だから、「いま持っていないものを手に入れたい」と願う。

2人は綺麗に対照的で、しかしお互いにすごく楽しげである。中田は大園を「いい子すぎる」と笑いながら褒め称え、大園は「真逆じゃん」と笑いつつ「上を目指す方もいいですよね」とその考えを肯定する。
2人とも「自分の考えをはっきり言う」ところがあるが、他人の考えを認めないわけでは決してないのである。むしろ、自分の考えに自信があるからこそ、他人が自分と違う考えを持っていることが怖くないから、それを尊重できるのかもしれない。

終わりに

「価値観の違いが面白い」とタイトルで言いながら、実は私は、ある意味では「価値観の違い」を拒絶している。本記事を一歩引いて見ると、「こういう久保の思想に共感する」「こういう価値観の違いが面白い」という私の価値観の話をしていて、私は読者にその価値観に共感して欲しいと思っている。それだけならいいが、私はむしろ、ネット上で見かける「メンバーの価値観の違いを認めない」価値観への拒否感が非常に強い。これは一体どういうことなのか、私自身書きながら悩んだ。

悩んだ結果、シンプルに私は自分の価値観を提示していいのだ、という結論に達した。本記事で称えているのは特定の範囲の価値観の違いであり、その範囲外の特定の価値観へ拒否感を持っていることは、矛盾しないと思ったからだ。
だから私は提示する。私は乃木坂46を見ていて、個性が尊重されている感じがすることが、とても好きだ。

2022年7月17日(書いている今からすると明日)、個性的な道を切り拓いたメンバーの象徴とも言える山崎怜奈が、乃木坂46を卒業する。
彼女は以前、このようなことを言っていた。

色んな子がいてグループって面白くなっていくから、王道を目指すだけが全てじゃないと思うんですよね。本当にやりたいならいいけど、いわゆるオシャレな乃木坂ブランドに自分自身を合わせに行っちゃうと個性が活かされない場合もあると思うんです。そうじゃなくて、いい塩梅のところでやっていける子が増えたらいいなと思うし、それを受け入れてくれる大人の人達であり続けてほしいなって思う。アイドルって団体芸だけど、その中でも乃木坂は特に集団美の象徴のような印象が強いから、アウトローって思われちゃうような方向に走るのは躊躇しがちだと思うんですけど、得意分野も好きなものも人によるから、それを活かす方向だといいですよね。

MARQUEE Vol.144(2021/11/12 発売)[20]

私は乃木坂の集団美も、個性も、両方好きだ。
大人達も、メンバーも、ファンも、同じ未来を見ているといいな。

関連記事

久保史緒里については以下記事でも取り上げているので、興味があればぜひご覧頂きたい。

注釈

a. もう一つ私が非常に好きな発言に、小坂菜緒が日向坂46について表した「誰かと自分を比べるのが恥ずかしいと思える場所」がある[21]。これは、久保が乃木坂46の好きなところを表した「みんな違うところ」という発言と非常によく似ていて、しかし微妙に違うことを言っている気がする。それが乃木坂46と日向坂46のグループカラーの違いを反映しているのかな、などと妄想が膨らむが、この件については別の機会があれば考えてみたい。

b. 「N46MODE vol.2」で久保が語った言葉の中には、5期生に対し様々な声が飛び交う中で、色々な個性を持つ5期生を守りたいという意図を(私は)感じるものがあった。本記事で見てきたような彼女の思想を踏まえると、そのような態度をとる理由がより理解できる。(私はそれを読んだ時、非常に嬉しかった。)

c. 久保は自身のブログでも、大園について「彼女は私の中のアイドルはこうあるべきという概念をひっくり返してくれた子です」という言い方をしており[22]、その影響の大きさが伺える。

d. CMの監督を務めた伊藤衆人氏によれば、「嘘のないよう、本人たちへの取材打ち合わせして作りました」とのこと(Twitter)。

e. 清宮が例に挙げている先輩が、「あえて言うなら、今まで乃木坂46のメンバーが誰も通っていない新たな映像の道を開拓したいです」[23]と語っていた久保ではなく、朝ドラ出演が決まった山下であったのは、切ない。

f. もう一人のMCであった星野みなみも加えて、「らじらー!サンデー」は個性の違いと類似が面白い番組だったと感じる。性格は「大園と中田」「星野と藤森」が似ているようなところがあったが、(だからこそ?)対決企画のペアで抜群の相性を発揮するのは「大園と藤森」「星野と中田」だったと思う。

参考資料

  1. 「WHITE graph 008」講談社、2021/12/1

  2. 「N46MODE vol.2 乃木坂46 デビュー10周年記念公式ブック」光文社、2022/5/10

  3. 「「異質さ、だと思います」ガチファンだった久保史緒里に「乃木坂46」にハマる理由を教えてもらった」新R25、2022/6/27

  4. 「乃木坂46・久保史緒里の乃木坂上り坂 ゲスト:大園桃子」LINE LIVE、2021/7/26

  5. 「graduation2020高校卒業」東京ニュース通信社、2020/3/21

  6. 「今日で18歳です」乃木坂46 清宮レイ 公式ブログ、2021/8/1

  7. 「EX大衆 2021年10月号」双葉社、2021/9/15

  8. 「乃木坂46 新メンバーオーディション 久保史緒里篇」乃木坂46 OFFICIAL YouTube CHANNEL、YouTube、2021/8/2

  9. 「B.L.T. 2022年2月号」東京ニュース通信社、2021/12/25 

  10. 「生田絵梨花 乃木坂46卒業記念メモリアルブック カノン」講談社、2021/12/14

  11. 「乃木坂46久保史緒里:緑の振り袖は先輩に相談 新成人の抱負は「未開拓の地へ」」MANTANWEB、2022/1/7

  12. 「乃木坂46清宮レイ「ラヴィット!」月曜レギュラー、ポジティブと笑顔武器に「朝の女」目指す」日刊スポーツ、2022/4/19

  13. 「EX大衆 2019年3月号」双葉社、2019/2/15

  14. 「BUBKA 2017年3月号」白夜書房、2017/1/31

  15. 「BUBKA 2022年3月号」白夜書房、2022/1/31

  16. 「乃木坂46 北野日奈子2nd写真集『希望の方角』」白夜書房、2022/2/8

  17. 「EX大衆 2020年12月号」双葉社、2020/11/13

  18. 「らじらー!サンデー」NHKラジオ第1、2020/9/27

  19. 「【大園桃子と日本史散歩①熱海編】鎌倉殿の13人 北条政子の頭髪曼荼羅を見に行こう【伊豆山神社】」中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY、YouTube、2022/4/26

  20. 「MARQUEE Vol.144」マーキー・インコーポレイティド、2021/11/12

  21. 「B.L.T.graduation2021高校卒業」東京ニュース通信社、2021/3/3

  22. 「2021年もお世話になりました。」乃木坂46 久保史緒里 公式ブログ、2021/12/31

  23. 「日経エンタテインメント! 乃木坂46 Special 2022」日経BP、2021/12/2

インターネット上の記事・動画は、2021/7/11~2021/7/16に閲覧した。

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