とどめを刺した牛ミサは不敵に笑った マカピーな日々#0683
マカピーです。
『牛ミサ』とは「牛を飼っているミサコさん」の意味で、仲間内では彼女をそう呼んでいました。
彼女はネパールに単身で仕事に来ていたのですが、もともとは看護師です。
とても気っぷのいい中年女性ですが、その言動にはいつも驚かせるものがありました。まず、
牛ミサ:「アタシはせっかくこの国に2年もいるんだし、牛が飼える一軒家に住みたい」
一軒家に住むということは、ディディ(お手伝いさん)を複数、それにチョキダール(門番)それから仕事場へ通うために車付き運転手まで雇うことになるのです。
単身女性であれば、アパートなどでこじんまり住む人が多いのですが、彼女は違いました。
牛ミサ:「いいのよ、どうせ私のお金で雇うんだから。それに彼らだって仕事があった方がいいでしょう!?」
そもそも牛を飼いたいと言っていたのは、彼女は日本では各種の家畜に囲まれて住んでいたからだったのでした。
日本で珍しい「動物ランド」農家を、帯同できなかった旦那さんが面倒みているのだそうです。
牛ミサが牛を飼う目的は、当然その牛乳にありました。
彼女は自分でヨーグルトを作ったり料理に入れたりもちろん牛乳としてのんでしましたが、一人では限界があります。
残った牛乳をディディ達にあげてもまだ余るので、結局は「牛乳風呂」を楽しんでいました。
牛ミサ:「それがアナタ、もう肌がすべすべ、モッチモチになるんだから!こんど是非牛乳風呂に入りにいらっしゃいね!」
さて、ネパールでは10月頃になると『ダサイン』というこの国最大のお祭りがあります。
この時には各家庭で犠牲を捧げることになっています。
ニワトリから水牛までいろいろな家畜がこの祭事に捧げられるのです。
そしてもっともポピュラーなのがヤギなんです。
しかも、去勢していない「ボカ」と呼ばれるヤギの頸動脈を切ってその血で自動車などを清めて、一年の無事故をお祈りするのです。
文字通り、かなり血なまぐさいお祭りです。
一般的にこちらにいる日本人は仕事場の仲間を誘って運転手やスタッフにお願いしてこの行事を行うのです。
運転手は持ち寄った車を丹念に掃除して、車載工具もその前に並べ、ボンネットを開けて待機します。
買ってきた玉付きヤギ(ボカ)に水をかけると、頭をブルブルって振りますよね、それが合図です。
「天国へ行く準備が整った」と判断。
ナイフで頸動脈を切るとピューっと血しぶきが上がるので運転手たちはヤギの足を持つ者と血の噴射を制御する役とに分かれ次々に車のタイヤ、エンジン、工具をボカの血で清めて行くのです。
3台くらいやると、血が出なくなりヤギが絶命すると次のヤギで同じことをして全部の車が清められるのでした。
最後にヤギは自分の尻尾を咥えさせられ、首を落とし地面に並べられます。そして運転手たちは毛のついた皮膚の一部を切り取り車のタイヤなどにペタッと貼り付けていました。
この犠牲祭をやらないと運転手は怖くて車を運転できないと言いますが、スポンサーがいないとおいそれと自分でヤギを購入したりできません。
また、「迷信」と決めつける欧米人家族のドライバーはその必要性を訴えても聞き入れてもらえないので、お金がない人は冬瓜やカボチャを切って、こじんまりやると聞きました。
もちろん、車両だけでなく自転車や工具類にもこうした祈りを込める行事が必要だったそうです。
マカピーはネパール航空の機体のタイヤに儀式後の毛のついた皮膚が貼りついているのを見て、妙に安心したのを覚えています。
マカピー達の場合は、費用は日本人が負担して、食事を作ってみんなでお祝いして歌って踊る楽しいひと時をすごします。そして残ったお肉や御馳走ははスタッフやディディ、運転手さんに分けて持って帰ってもらうのでした。
さて。牛ミサは初年度そのヒンドゥー教のお祭りに参加して目覚めたのだそうです。
牛ミサ:「来年はアタシがヤギを提供するわ!」
とスポンサーとなることにしたのでした。
ところがダサインが近づくとボカの値段がどんどん吊り上がることを知って、牛ミサがとった手段は子ヤギを買ってきてダサインまでに大きく育てる作戦でした。
ちなみに、牛ミサ家で普段牛やヤギの面倒を見ているのはディディたちです。もちろん彼らは牛ミサがダサイン用のヤギを購入したことも知っています。
ところが、毎日エサを与え面倒みると子ヤギたちが懐いてくるのが分かります。ディディだちはその運命を知っているだけに困惑したようです。
そして、ダサイン到来。
満を持して牛ミサがプジャ(儀式で屠る)の場所へ引き連れようとすると、ディディ二人が牛ミサに泣いてすがってきたのでした。「この子たちはやめて!」
牛ミサ:「アンタたち、これまで大きく育てたのはこの日のためなのよ。そこをどきなさーい!」
と一度は叫んだのですが、ヤギに情が移ってしまったのは仕方のないことだと分かり、結局会場に行く前に高値となったボカ2頭を買っていったのでした。
彼女はヤギが来るのを待っていたドライバーたちに向かってこう言いました。
牛ミサ:「お願いがあるのよ、わたしに頸動脈を切らせてね!」
その後想いを遂げることが出来た牛ミサは血の付いたナイフを手にニヤッて笑って見せたのでした。
一瞬ゾッとしたのですが、その後の宴会で彼女が事務職になってしまい看護師の仕事が出来なくなって久しいので、今回どうしても血管を引き裂く感覚が欲しくなったのでどうしても希望して介錯を申し出たのだそうです。
牛ミサ:「看護師やってた時も、注射針が患者の血管を突き破るあの感覚がたまらなくゾクッてなっちゃうのよ!」
やっぱり変な女性でした。
マカピーでした。
最後までお読みいただき感謝します。その方に介錯を申し付ける!