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【漫画感想】神成美の筆奇録

残酷で救いのない現実に対して、”創作”で出来ることは。


10月30日に更新された読切
「神成美の筆奇録〜未解明の死のナットシェル研究〜」の感想です

こちら、無料で読めますので是非!


あらすじ

都内の下町に、一軒のボロアパートが一つ。そこに住む小説家の男「神成美」。自身をアングラの帝王と呼び「俺に書けないエロ・グロ・ホラーはない!」と息巻く彼は、今日も〆切に追われていた。友人であり小説家の「森愛太郎」は、ネタ切れに悩んでいる成美に「未解明のナットシェル研究って知っているか?」と一つの奇天烈で不可解な謎を持ってくる……


絵が上手すぎる。

私は23Pの神成美が好きです。

円満堂先生、商業読切3作目!漫画家って絵が上手いのが当たり前なので、意外と「絵が上手い」って褒められることないんですけど(これは私が言われないだけかもしれない)そういうのかなぐり捨てて毎回純粋に「絵が上手いな」って思いながら作品を読んでいます。

勿論、元々絵が上手過ぎるな〜と思いながらいるんですが、作家自身がより見やすく、自身の絵の魅力を今以上に引き出せるように努力しているのが顕著に現れているなと思ってます。絵がうめ〜……

3PB7/6や個展とは空気感や雰囲気が変わり、少しコメディチックな要素も含んでいる今作ですが、どちらも描ける才能がすごい。シリアスに合う絵柄ではあるが、ケレン味のある表情も描けるからどのジャンルでも通用するんだな〜
……それにしても絵が上手いな。

今回もアシスタントで少し関わらせていただきました。鍋とか描いてる。


キャラも魅力的すぎる。

今回特に、主人公サイドの二人のキャラクターがはっきりとしていて、動いているのを楽しく見られる、漫画として読んでいて楽しい!って思いました。

自分は特にメガネ属性や美形が癖というわけではないんですが、森愛太郎が好きすぎて推しです。”推理小説家”であり謎を解く天才、というのに撃ち抜かれてしまいました。ラブコメ好きでラブコメを触媒に謎を解くのも好き。ラブコメ聞かないでも謎解けただろ君。推しです。

父母、そして娘も勿論魅力的で、というか過去編のお父さんそこはかとなく色気があって、夏の腕露出しているコマより冬のコートにマフラーして露出一つも無いコマの方がなんか……色気ありませんか?円満先生は肌出してない色気を描くのが上手くて性癖が壊されます。完全防備のおじさんに「ちょっとエッ……」って思う日が来ることあるんだ。

言わずもがな、主人公の神成美もすごく魅力的なのですが、そもそもこの読切の根幹がその神成美の魅力だと思っています。


神成美という男

お話の前に「ナットシェル研究」とは何か、不勉強で知らなかったので調べたんですが、作中でもあるように、実際に起きた事件を寸分狂わず再現したミニチュアハウスのことを指すそうです。海外翻訳で見たので実際のニュアンスとは違うかもしれませんが、あくまでも事件解決というよりかは過去起きた事件現場から見落としてしまいそうな小さな証拠まで見つけ出せるか、後進を育てる目的があるらしい。

海外の科捜研が大金をかけて作るそれを、日本の片田舎の素人が作った……?
この話はそんな一つのナットシェル研究の周りを渦巻く家族のお話。

ぱっと見、この話はミステリー、または怪奇談のような雰囲気の話のように見えて実はすごくシンプルだと感じる。そもそも探偵役の森愛太郎が謎を解決することを放棄している時点で、謎を解くことが最大のカタルシスになるミステリーというジャンルではないわけです。
(ミステリー要素は所々にあるのでそれはそれで好きなんだけど)

この物語は「事実は小説よりも奇なり」な、物語

人の手によって作られる小説、もとい創作というものは当たり前だが、作られたキャラクター、舞台、セリフによって構成される。例えば、人の死には意味があって、失意のうちに死んでしまうキャラクターがいたとしても、それが誰かの後悔や力になることもあるし、不遇な環境で生きてきたキャラクターが、最後の最後まで報われないで死んだとしたら、嫌悪感を覚える読者だっている。鬱漫画のような作品ではそういう人たちも出て来るけど、それらはリアリズムによって作られているわけで、実際現実ってそうそう上手くいくようなものじゃ無いんですよ。頑張っている人が全員報われる世界じゃないし、不遇な人がいつか救われることもなくずっと30点の世界のまま、何も成し遂げられずに死ぬことだってある世界です。

今回の家族だって、保険金以外の方法だって絶対にあったはず。日本は良い意味でも悪い意味でも、生きたい人がそう簡単に死ねる国ではない。二人の馴れ初めだけでは全て考察できるわけではないけど、もっとやりようはあったはずなのに、母親は自ら死を選んでしまった、そんなところもやりきれなくて苦しい。

そして、それが「解けてしまいそうになった」のが、自分のトリックを使われて人が死んだ森愛太郎。愛太郎は誰かの犯罪の片棒を担ぎたくて小説家になったわけじゃないのに、不本意に偶発的に人の死に関わってしまったわけです。

現実は理不尽で、報われることのない残酷な世界なんですよね。

……ただ、そんな辛い現実を自らも生きていながら
「小説」で人や世界を救っていくのが神成美なわけです。

父と母の生きた証を遺したのも、ラブコメが好きな愛太郎のために純粋な恋愛小説を書いたのも、きっとこれが売れるものじゃないってこともわかっていても、己の身を削って書けるのが、しかも、それを商業で発表できるクオリティで書けるのが神成美だと思っています。当たり前のように、他人のために小説を書くことができる、それを楽しんでできる、これがどれだけ難しいことか。

神成美は、小説が好きで、小説を書くことが好きで、そして、好きなことで誰かを救える人なので、この話はやっぱり主人公は神成美なんだな〜と思います。


円満堂先生という作家

そして、円満堂先生自体が、そういう漫画を描く人だなと思います。

3PB7/6も個展も、救いようのない残酷な現実をむざむざと見せつけられる話ではあるんですが、それを漫画にしてたくさんの人の目に触れさせることによって、アオやアカネ、個展のお兄ちゃんや産まれることの出来なかったテオの生きた証を伝えて、この人達は辛い最期だったとしても、死に際にはちゃんと自分という人間の意味を知ることが出来て、そんな人の周りには、彼らを愛してくれた人がいたことをちゃんと書いているんですよ。勿論ハッピーエンドという話ではないんだけど、物語の中に、確かに人の優しさと温かみがあるのが、私が円満堂作品が好きな理由の一つです。

神成美の小説を書いている理由は、きっと人や世界を救いたいなんてそういう確かな信念の元にあるものではなく、単に本当に小説が好きだから、というものではあるのですが、そんな純粋で、意地っ張りで見栄っ張りで、人間くさくて人間らしい彼だからこそ、当たり前のように人を救えるんだな〜と思う。

そんな、主人公の神成美と、円満堂先生に通ずるものを感じた一作でありました。

世界の全てを救うことが出来ないから、ほんのちょっと気分が上がるような、救われるような娯楽をを描き続けてほしい……。

これからも円満先生の作品が大好きな友人の拙い感想でした。


森愛太郎、推しすぎる。

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