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車の助手席に乗っているだけというバイトがある。路上駐車して配達に出ても駐車違反にならないように、助手席に人を乗せておきたいのだそうだ。街の様子をスケッチしながらひとりで待っていると、風景が少しずつ風に飛ばされていった。電柱や信号機などのありふれた無機物が真っ先に飛ばされて、飛ばされた箇所にはスノーノイズが現れた。それはやがて無機物だけでなく花や通行人にまで及び、車外のほとんどがチカチカした白黒の世界に変化した頃、戻ってくるドライバーの姿を見つけた。彼は何も気づいていないらしく慌てる様子もない。この事態を伝えようにも窓を開けることさえ怖くてできない。もう他に見るものもない中で彼の姿から目が離せなくなった。わたしの不安とは裏腹に彼は何事もなくノイズの中を歩いてきた。しかし運転席のドアを開けた瞬間ついに彼もノイズになり、それまで手付かずだった車内までが急速にノイズになっていった。わたしがこれらの一部になるまでそう時間はかからないだろう。そう思うとなぜだか少し安心した。諦めがついただけなのかもしれない。遠くから波の音が聞こえた気がした。

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