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外を散歩していたら人だかりができていた。大道芸人が何やら芸をやっている。特別用事のないぼくは群衆に混じってそれを見ていた。あっという間に時間が過ぎた。大道芸人は最後に難易度の高い大技をやると言って、それがどんなに難しいのか、どんなに危険なことなのか、どれほど練習を重ねたのかをアピールしはじめた。彼がやると言っているのは、はしごを五つ重ねた上にバランスボールを乗せて、その上で火のついた棒を五本使ってジャグリングする、しかもそのぜんぶの工程を目隠しをしたままやるという滅茶苦茶な芸だ。それでも芸そのものよりも「これからすごいことをやるんだぞ」というアピールの方が重要なんだろうと思った。というのは、もしかしたら芸そのもの以上にこっちの方が難しいかもしれないからだ。家でひたすら練習したひきこもりが世界最高の技術を持っていたとしても、最終的に客が金を出してやろうと思わないことには大道芸人として成功しているとは言えない。こういう余計な考えをめぐらすような客は当の大道芸人にとって敵でしかないだろうけれど、それでもぼくは彼を応援している。だからこそその後に起こった彼の最後の大技に対する他の観客の理解力のなさが我慢ならない。大道芸人は宣言通り、目隠しをしたままはしごとバランスボールの上に立ってジャグリングをした。観客は思わず声をあげ拍手を惜しまなかったが、彼らに理解できるのはそこまでだった。いつまでもジャグリングをやめない大道芸人を見上げる観客の首が半ば疲れてきた頃、大道芸人は辺りを飛んでいた鷲にひょんと飛び乗って、そのままどこかに行ってしまった。観客がやっと終わったと思って立ち去っていく中、ぼくだけはいつまでもその場を立ち去ることができなかった。

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