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散歩をしていたらベンチが一個だけぽつんと置いてあった。ちょうど海が見下ろせる眺めのいい場所だった。腰掛けると気の抜けた音がした。驚いて立ち上がると座面が鍵盤になっていた。それだけじゃない。周囲の様子もさっきとは違う気がした。落ち着いて考えることにして、また座った。音は鳴るがもう驚かない。木が動いてるのがわかった。もう少しすると動いているというより近づいているのだということがわかった。木だけじゃない、周囲の全部が近づいてきている。音は鳴り続けている。試しに立ち上がると音は止まり、周囲の動きも止まった。もしかしてこういうことだろうかと思って、ベンチの音に合わせて「だーるーまさーんが」とやり始めると、さっきまでとは比べ物にならないほどのスピードで辺りのすべてが近づいてきた。遠くの方にあった海がもう目の前にいて、ぼくは立ち上がる余裕もなくあっという間に世界に包み込まれた。