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医者に頼んで悲しみだけ切除してもらったらみるみる内に人間の形に成長していき、引き換えにわたしが消えていった。
胸騒ぎがして家に帰ると見知らぬ男が眠っておりなんと神経の図太い泥棒かと呆れてしまったがよく見ると昔の自分であった。
「海とはね、昔の人の涙なのだよ」と話をしてくれた名も知らぬ老婆がいまでは海岸で眼玉だけの姿になっている。
絶対に守るつもりでいたけれどさっきまであんなに元気だった姫のからだはすでにもぬけの殻だった。
薬を飲めば何かが変わると思っている狂人にだけはなるまいと思って致死量の毒薬を持ち歩いている。
行き先を決めずに車を走らせていたら数字が浮いているだけの未完成の世界にたどりついた。
風邪をひいたという患者に口をあけてもらったところ喉の奥から蛇がこちらを見ていた。
どこか近所からすごい音がして驚いていると大学生だった妹が六歳になって星を拾ってきた。
気になって直視しようとするけれどどっちを見ても視界の隅で大きな蜂が飛びまわっている。
信号が青に変わると街中の人間が一斉に雀になって空へ吸い込まれてしまった。
いつも通るこの道で何もかもわからなくなってしまい、ぼくはいまどこにいますかと手当たり次第に尋ねまわっている。
人の影を踏んづけて遊んでいる彼が他の人より薄暗いわたしの影を甘くみた結果ずぶずぶと地面に吸い込まれていった。
こわい目にあって泣きながら電話をかけたが祖母の声が聞こえた瞬間に去年の今ごろその祖母が亡くなったことを思い出した。
ひと気のない動物園で人間の声が聞こえたような気がして耳をそばだてるとなるほど声はこの馬の腹の中からしている。