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銀ちゃんといっしょ 33

オボエテマセン

最近 主人が男前だという事に気がつきました
結婚してから20年になります
今までまじまじと顔を見ていなかったかも知れない

私は人の顔を覚えられません
〝苦手です〟より もっと上ぐらい

それに気がついて
意識し始めたのがいつなのかはわかりません

ある時
高校時代の友人が
〝○○が街で見かけて声をかけようとしたら
シカトされちゃったって言ってたから
顔を覚えられない事を言っておいたよ〟と

その○○という子は知っていました
一度何人かで遊んだから
でも顔は覚えていないから
街ですれ違う時は〝知らない人〟です

すれ違いざまに目が合ったのにシカトしたらしい

そういう事がわりとあったけど
ただちゃんと見ていないだけだって
自分では解釈していました

でもその友人に
〝顔を覚えられないって事〟と言われて
漠然とそういう事なのかな…という感じです

以前にテレビドラマで
主人公にそういう症状があり
〝えーと……〟なんて
思い出そうとする演技をしていたけど

違うんです

覚えられないって……
記憶した覚えさえないから
思い出そうと努力なんかしません
単純に
〝はじめて会った人〟なんですから

何度 はじめて会った訳じゃない人に
〝はじめまして!〟って笑顔全開で言った事か
数知れずです
指摘されたら謝るだけです
しょうがない

よくこういった
人と違う事があったりすると
すぐに漢字や横文字の並んだ病名とかつけられたり
その特徴によっては
変人 奇人 偉人と呼ばれたり

一番可哀想だなって思うのが
小さい子どもの頃に〝変わった子〟という
烙印を押されてしまった人

アメブロでも
ナントカ障害とか名付けられた子どもの絵を
アップしたりする
コメントでみんながもてはやす

親は他にもこんな変わった所があって…と
アレコレ書き込む
それはきっとこういう事だ!ああいう事だ!と
みんなが診断してくれて
また〝病名〟が増えたりする

そんな風に育て上げられた子どもは
〝普通〟の事をしたらヤバい!
って思わないだろうかと心配になります

確かに
物凄い圧倒的な〝才能〟を見せる人たちがいます
小さい時からこうだった…って語られて

けど まず 〝普通〟ってなに?ですよね

〝普通〟の線引きがわからないなら
子どもにはいらん事は言わない方が良いと思う
その子自身が自分の道を選ばないといけないと思う

勘違いの天才や芸術家や不思議人間って
可哀想
ずっと そうである事を
貫かないといけないなんて
しんどそう

子どもは

よく食べて
よく遊んで
よく笑って
よく怒って
よく泣いて
よく寝て

ありがとう
ごめんなさい
こんにちわ
さようなら
それが言えたら世の中渡っていけるはず

無理に違う枠を作って入れる必要があるのかな?と

論点がズレてきたけど
そう思います

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マボ
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