ショートストーリー「出勤はタクシーで」
「いらっしゃいませ、どこまで行きますか?」
「ABC旅行代理店まで」
俺はタクシードライバーだ。
今一人の若い女性が乗ってきた。
歳は20代前半だろう、かなり若い。
しかし、早いなー。
まだ朝5時だぞ。
こんな時間から出社なんてお客さんの旅行の添乗でもするのか?
「こんな朝早くから仕事ですか?」
「そうなんです・・・。昨日終電間際までやっていたんですが、
全然終わらなくて・・・。今日の午前中までに仕上げなきゃいけないので
この時間に出社するんです。」
「うわぁ、大変だ。どなたか頼れる先輩とかと一緒ですか?」
「いえ、一人です。でもしょうがないんです。私ができないのが悪いから・・・。今月は営業ノルマも全然届いてないし・・・」
そう言いながらその女性は泣き始めた。
どうやら日頃の仕事のストレスがかなり溜まっているらしい。
その後もいろいろ話を聞いていた。
この人の性格なのだろう。
なんでもかんでも自分のせいにしてため込むタイプだ。
「上司には質問や相談できないんですか?」
「上司は答えてくれないんです。私の教育も兼ねていて、
答えを教えると私のためにならないからって。
私も一生懸命期待に応えようとしてるんですけど、なかなか上手くいかなくて・・・」
そう言って女性はまた泣き始めた。
「私・・・このままでいいんですかね・・・。何のために生きてるんだろうって最近思うんです・・・」
さっきよりもさらに泣いている。
無理もない、この若さであれば上司からフォローしてもらわないとできないことも多い。
それを助けてもらえないとなると、こういう真面目なタイプはつぶれるだろう。
そう言っているうちにABC旅行代理店に着いた。
「7000円になります。」
女性はカードで代金を支払った。
「はい、これ領収書と診断書です。会社に提出して、休職させてもらってください。あなた適応障害です。そうですね、3か月は休んだ方がいいでしょう。それ以上の休職が必要でしたらまた来てください。診断書出しますから」
そう、俺はタクシードライバーだ、
と同時に精神科医だ。
このタクシーはメンタルクリニックタクシー。
最近では出勤前に乗車して、
通勤兼ねて診断してもらい、
そのまま診断書を提出して休職を望む会社員が多いのだ。
「ありがとうございます。上司が来たら提出します。」
そう言って彼女は会社に向かった。
彼女のように仕事でメンタル病む患者は多い。
俺も大学病院時代は何かと人間関係のストレスが多かった。
さて、次の患者を迎えにいきますか。
Fin.
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?