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夢に癒される
ずっと引きずっている過去がある。
引きずっていると認めたく無いくらいに。
でも、いまだに夢を見るんだから、そろそろ引きずっていると認めた方が良いのだと思う。
私が小学5年生のときの話。
家が2軒隣の同級生。
彼女が不登校になった。
彼女との出会いは小2の冬に遡る。
新築建売、分譲地。
同じ分譲物件に同じタイミングで引っ越してきた。
私はなかなか新しい環境に慣れず、辛い数ヶ月を過ごした。
恐らく、彼女も。
3年生に進級し、クラス替えをした。
2軒隣の彼女と同じクラスになった。
すぐに意気投合し、仲良しになった。
毎朝、一緒に登校し、毎夕、一緒に下校した。
40分ほどの道のりを、毎日毎日、一緒に歩いた。
卒業までの4年間、ずっと同じクラスだった。
仲良しだけど、べったりでは無かった。
毎日一緒に登下校はするけれど、大親友って感じでは無くて。
今振り返ると、ちょっと特別な距離感だった。
姉妹のような。
少し、お互いライバル意識もあったと思う。
あれは小5の夏くらいだっただろうか。
突然、彼女が学校を休みはじめた。
学校に来なくなって1週間ほど経ったある日の放課後。
私は担任教師に呼び出された。
暗く、がらんとした空き教室に連れて行かれた。
先生は向かい合わせに椅子を2つ並べ、私に座るように促した。
椅子に座ると、先生は話し始めた。
「あなたに悪口を言われるのが怖くて、〇〇さんは学校を休んでいるそうだ。謝りに行ってくれますか?」
頭が真っ白になった。私のせいで…。
ショックだった。
悪口。
そのとき、ふと頭に浮かんだ出来事があったのだが、それを誰かに話すことはしなかった。
あのとき誰かに話せていたら。こんなに25年も引きずることは無かったかもしれないと、今となっては思う。
そのときの私はただ悲しくて、恥ずかしくて、どうしたら良いか分からなかった。
とぼとぼと、誰もいなくなった夕方の通学路をひとりで歩いた。その足でランドセルを背負ったまま、自分の家を通り過ぎ、2軒隣の彼女の家のチャイムを鳴らした。彼女のお母さんが顔を出した。
「〇〇ちゃん、いますか」
「ちょっと待っててね」
いつも通りの様子のおばちゃんも、心の内では私をいじめっ子だと思っているのだろうか。
心なしか、いつもより冷たく感じた。
「どうしたの?」
彼女が出てきた。
「…ごめんね。」
勇気を振り絞り、ひと言だけ告げた。
すると、想定外の言葉が返ってきた。
「なんのこと?」
再び頭が真っ白になった。
そして、色々な感情が込み上げてきた。
「…先生に謝れって言われたから!」
それだけ言って、駆け出した。
涙は絶対に見られたくなかった。
怒りと悲しみと悔しさと、あとは何だろう。
経験したことの無い感情が溢れて、身体が震えた。
あっという間に家に着いたけど、母には言えなかった。
何事も無かったかのように、いつも通りの自分を装った。
その後の展開はうろ覚えだが、私は少し人間不信になった。
クラスメイトたちは、このことを知っているのだろうか。
皆、いつも通りに接してくれているが、実は私をいじめっ子だと思っているのかも知れない。
不登校の彼女を心配する声を聞く度に、自分が責められているような気持ちになった。
そんな毎日に耐えきれず、ある日、母に全てを話した。
習い事へ送迎中の、2人きりの車内。
運転席の母と、後部座席に座る私。
顔を見合わせないだけ、話しやすかった。
どうして欲しかった訳でも無い。
ただ、自分ひとりでは抱えきれなくなっていた。
母は、怒り出した。担任教師への不信感を示した。父も同様に。
私は自分が悪かったのでは無かったのだと、ほっとした。
でも、心は晴れなかった。
翌日、私は学校を休んだ。
その日の夜、担任が家に謝罪に来た。
2階の自室から、玄関でのやりとりを緊張しながら聞いていた。
父と母は怒っている。
娘の話を聞くこともせず、一方的に謝らせるのは間違っている、と。
先生は、謝っていた。
後から、先生が土下座していたと聞かされた。
父と母は満足そうだった。
私は何とも言えない気持ちになった。
そしてその後、私と2軒隣の彼女が直接話し合うことは無かったし、それ以上、この問題を誰かに話すことは無かった。
それから私の人生は、少し歪んでしまったと思う。
中学3年間は、とにかく勉強しまくった。
友達はいらなかった。
というか、不自然なまでに彼女を避け続けた。
話しかけられることは無かったが、自然体で私と同じ空間にいられる彼女の態度が信じられなかった。
私は殻に閉じこもった。
彼女より優秀な高校に進学してやる。
勉強ができれば親にも先生にも認められる。
そんな思いをエネルギーにして、ひたすら勉強に打ち込んだ。
彼女はギャルになった。
私は優等生になった。
本当は、私もギャルになりたかったな。
それからは、ほとんど彼女と交わることの無い人生を歩んだ。
成人式で見掛けたけれど、絶対に目を合わさなかった。
でも、彼女は何度も何度も、夢に出てきた。
夢の中での彼女とは、やっぱり気まずい関係だった。
最近、過去の自分をよく振り返る。
あのとき、和解できてたら、今の今までモヤモヤと引きずることは無かったかもな、と初めて思った。
「和解できていたら」
そう思ったとき、私の本当の気持ちが溢れてきた。
あの日。
彼女が学校を休み始める数日前。
いつも一緒に下校するはずが、彼女は私に何の断りもなく、違うクラスの新しい友達と下校してしまった。
なんだかコソコソやっているように見えた。
ふたりで、私の知らない話をしているのだと思った。
そこに私が入ってはいけないのだろうな、と察した。
とても悲しかった。
寂しかった。
嫌だった。
それを言葉で伝えて喧嘩できていたら、まだ良かったのかもしれない。
私はそんなことで怒っている自分が惨めで、かっこ悪くて、恥ずかしいと思った。
こんな気持ちは、誰にも言えなかった。
「そっちがそういう態度なら、いいよ。分かったよ。」
と、強がった。
私は翌日、さっさとひとりで帰った。
するとそのまた翌日の朝
「なんで昨日、先に帰っちゃったの?」と、彼女。
「はぁ?あんたが先にやってきたんでしょ?」
と、伝えたか、否か。記憶が飛んでいる。
だが、この出来事が全ての元凶だということは、当時から気が付いていた。
この出来事を、無かったことにしていなければ。
きちんと問題にして、話せていたら。
話し合えていたら。
私は、約束しなくても当たり前に一緒に帰るはずだった友達が、何も言わずに別の友達と帰ってしまって悲しかったんだ。
裏切られたような気持ちになっちゃったんだ。
その気持ちを大切な気持ちとして扱えていたら。
素直に伝えられていたら。
そのことに、初めて気が付けた。
25年越しに。
その日の夜、夢を見た。
小学生の私。
夕方の教室。
隣には、あの子がいた。
関係性は、気まずいままだった。
でも、その夢は、現実で思ったこととリンクしていた。
勇気を出して、夢の中の私は言った。
「一緒に帰ろ」
断られるかな?と一瞬、相手の戸惑いを察知した。
「これ、返しに行くから少し遅くなっちゃうけど、それでも良ければ」
と、彼女は言った。
手には何やら誰かに借りたらしい何かを持っていた。
「じゃあ、一緒に返しに行くよ」
私はそう言って、彼女の隣を歩き出した。
あぁ、私はやっぱり仲良しでいたかったんだな。
夢から醒めて、少し切ない。
でも、心のどこかが癒されていた。