それでも日は昇る
朝4時のアラームで起きた主人を確認して少し布団の中で考えていた私。
今、伝えようか?
"お母さんが…さっき死んじゃったって"
そう口に出した途端また涙が出てきた。心配して寄り添ってくれて仕事を休んだ方が良いかと聞いてくれたけど 大丈夫と言って断った。
そんな時、実家に着いた姉からSkype着信。日本からわたしの暮らすドイツへ。今の世の中本当に便利になったものだ。こんなに遠く離れていても画面越しに母の亡骸を見る事が出来た。見た瞬間"お母さん、ありがとう"と言って涙が止まらなくなった。ベッドに横たわる母。癌で痩せ細った体。画面越しでも死後硬直しているのが分かった。
本当に死んじゃったんだ。
姉が今から訪問ヘルパーさんと一緒に体を綺麗に拭いて着替えさせると言うのでそこでSkypeを切った。
主人が仕事へ行き、ひとりになった部屋でしばらく起きていた。7ヶ月前の記憶を今、懸命に思い出そうとしているけど、もう忘れてしまった事もある。何をしていたかは思い出せないけれど眠りについたのは朝8時頃だったような気がする。
昼過ぎに起きて近所のお花屋さんへ行った。
歩いている時に[周りの人はまさか今朝私のお母さんが死んだなんてこれっぽっちも思わないだろうな、誰もそんな事知らないよね。当たり前だよね。見かけじゃ何も分からないよね]なんて事を考えていた。お花屋さんで白い薔薇を買った。レジでお金を払う時も[これ私のお母さんにあげる為の花なんです。今朝死んじゃったんです。]と内心思っていた。家に戻り母の写真を写真立てに入れて白い薔薇と一緒に飾った。
お母さんと最後に交わした言葉は何だったっけな?
最後にメールしたのはいつだろう?
子供の時から(いつかお母さんが死んじゃう)って考えるだけでも怖くて悲しくてたまらなかった私。想像しただけで泣く事もあった。そしてそれが現実になった。
お母さんが死ぬってどんな感じだろう?
これは経験した人にしか分からないし、もちろん人それぞれで感じ方も違う。
私が感じたのは、広い世界にひとりで放り出されたような気分。それまでも私は私、一人間として生きてきたけど目に見えない繋がっていたヘソの緒が切れて、ぽ〜んと無重力の宇宙に飛ばされたような。これからは1人で生きていかなきゃいけないと言うような感覚。実際は主人もいて義母や姉や父や友達もいるけれど、絶対的な存在、守られていた何かベールが剥がれたような感じ。
昔から特別、母に頼るとか相談するとかなかったのに不思議だ。
母に相談しても的確な良いアドバイスを貰えると言うイメージがなかったからだけど、それでもドイツへ移住してきてから生活や文化の違いでストレスを感じた時は電話をしていた。
きっと声だ。声を聞くだけで安心したのだと思う。そういった事がもう出来なくなるだけでダメージは大きい。
夕方、姉から母の亡骸の手を撮った画像が送られてきた。最期、どうか母の好きだった赤いネイルをして欲しいと頼んだのでその手の画像だった。
そこには"痩せ細ってるけど、なんかやっぱりお母さんの手だよね"と書いてあり
本当にそうだと思った。小さい頃何度繋いだか分からない手。よく見覚えのある小さな手。小さなホクロやワシ爪も。
もう冷たくなってしまった手。
今ではもう動かない手。
この手で今までどれだけの事をしてもらってきたのだろう。
間違いなく最高に愛しい手だ。
今はきっと先に逝った愛犬と一緒に居るに違いない。再会出来た喜びで泣いたに違いない。そしてもう離れないようにしっかりその柔らかな温もりを抱きしめているに違いない。
こういう時だけ天国とか信じるのは都合が良すぎるかな?
だけど残された者はせめてそうであると信じていたい。
いつも見守って、助けて、側に居て。と言う気持ちより、どうかそこで愛犬と楽しく幸せにしていてほしい気持ちの方が強い。
私も私達もなんとかどうにか、そっちに行くまでの人生を頑張るから。