ずんだもんから考える「かわいい」の本質
私はここのところ、本業である医学の勉強に本腰を入れ始めました。というのも、周囲の者と私では、明らかに勉強量の差が開いているのです。講義の最中、周囲は講師の質問に対し淀みなく返答しているのに対し、私はというと言葉を詰まらせ、見当違いの返答をして、講師の表情を曇らせてしまいます。国家試験がちょっとずつ見えてきているのもありますが、現状を目の当たりにして危機感を覚え、日々医学のテキストを開いているわけです。
勉強材料として私はとある国家試験対策予備校の映像授業を受講しているのですが、主に授業映像では予備校の代表が講師として登場し解説をする中、所々に人工音声のパートが挟まれています。人工音声は主に3つのソフトが用いられているのですが、その中に「あいつ」の声も聞こえてくるのです。
ずんだもんです。
とうとう国試予備校の授業にも登場するようになったか、と思わず感心してしまいます。
ここで知らない方のために補足しておくと、ずんだもんはテキスト読み上げソフト「VOICEVOX」の1つとして開発された人工音声で、声優である伊藤ゆいなさんの声をサンプリングして作られました(ただし、ずんだもんとは元々「東北ずん子」というキャラクターの武器・ずんだアローの化身である妖精のことで、その妖精のキャラクターに声を当てたのがVOICEVOXとしてのずんだもんである)。ずんだもんボイスの特徴としては、絶妙な高さと少々舌足らずなところが挙げられるでしょう。
VOICEVOXの人工音声は中品質(と公式謳っているが、個人的には非常に品質が高いと思う)ながら無料で商用利用が可能という特徴があり、様々な個人や企業がPR動画などでVOICEVOXの人工音声を使用しています。その中でもずんだもんは恐らく最も使用されている人工音声であり、いわばVOICEVOXの顔となっています。一例として、近年ではマイナンバーカードの普及を目的として総務省が制作した動画「もう作らずにはいられない!デジタル社会のパスポート マイナンバーカード」でも、マイナンバーカードのキャラクターであるマイナちゃんの声としてずんだもんの声が採用されています(テレビCMのマイナちゃんは他の声優だったはずなのに…)。
そんなずんだもんですが、私は半年ほど前に「『ずんだもん』が人工音声動画の覇権をとるのでは、という話。」という記事をnoteに投稿させていただきました。
この記事ではずんだもんがもつ音声の特徴を音声学の論文を引用して考察し、「ずんだもんはこの先、人工音声界で覇権をとるだろう」と予想しました。予想通りに事が運んでいるかどうかはさておき、ずんだもんを使用した動画はこの半年で確実に、他の人工音声(ゆっくり、VOICEROIDなど)と比べて高い伸び率で増加しています。今回は、ずんだもんの魅力を前回の記事とは異なる視点から考察していくとともに、「かわいい」の本質とは何かについても考えていくことにします。
さて、前回の記事ではずんだもんの声がもつ特徴を、一般的にかわいいとされる声と比較し、ずんだもんボイスのかわいさを掘り下げました。一方、今回はずんだもんの名称とバックボーンについて考えていきます。
・「ずんだもん」という音の響き
まず、「ずんだもんの名称について考える」とはどういうことでしょうか。これは、「ずんだもん」という音の響きが私たちの心理にどう働きかけるか、すなわち音象徴に関するお話です。例えば、「ガンコ」という単語から響き通りの堅物なイメージが想起される一方、「もも」という単語からは丸っこいイメージが想起されるかと思います。このように、単語の響きにはそれぞれ想起させるイメージがあり、そのイメージこそが音象徴なのです。ちなみに、以前にも東方Projectに登場する魂魄妖夢というキャラクターを題材として音象徴を取り上げた記事を投稿したので、そちらも併せてご覧いただければ幸いです。
さて、音の響きがもたらす感情について考える上で、どのようなスケールを用いればよいのでしょうか。私がここで用いたいのは、「ユーザの直感的表現を支援するオノマトペ意図理解システム」[1]の中で用いられているオノマトペの数値化方法です。当該論文においては、オノマトペを音素ごとに分解し(例えば、「バラバラ」であれば「H+濁点,A,R,A,H+濁点,A,R,A」と分解する)、音素ごとに「硬さ」「強さ」「湿度」「滑らかさ」「丸さ」「弾性」「速さ」「暖かさ」の8項目についてポイントを設定することで各オノマトペの印象を数値化しています。ここではこの数値化方法をオノマトペから単語へ使用範囲を拡張することで、単語ごとの音象徴を考えていきたいと思います(通常の単語にも本当に適用できるのかは分からないので、話半分で聞いておいてください)。
当該論文では各音素ごとに-2から2までの範囲で印象のポイントが与えられており、その一例(「ずんだもん」の構成要素について抜き出したもの)が以下の通りです。
このポイントから単語の印象を算出する式は以下の通りです(難しかったら計算式のところだけ飛ばして読んでください)。
XYXY型(「バラバラ」のように2×2構造のオノマトペ)について、
Oi=2XCi+YCi+(2YCi+YVi)/2
(Oi:i番目の繰り返し単位の属性値、XCi、YCi:X、Yの子音におけるi番目の属性値、YVi:Yの母音におけるi番目の属性値)
「ずんだもん」については2×2構造ではないため、「ずん」「だも」「ん」に分け、最後の「ん」については文字数が半分であることから1/2を掛ける条件付きでこの式を用い、「ずんだもん」の属性値を算出すると、以下の図のようになります。
これだけではピンときづらい部分があるので、他にも例示して比較していくことにします。ここでは比較対象として、近年流行しているかわいいキャラクターを挙げることにしましょう。
まず、近年の「かわいい」を代表するアイコンといえば『ちいかわ』が挙げられるでしょう。ちいかわとはナガノ氏による漫画作品で、キーホルダーから魚肉ソーセージまで幅広いグッズ展開を行っている人気キャラクター群です。正式名称が「なんか小さくてかわいいやつ」であることからも、「かわいい」をコンセプトにした作品であることが分かります。
続いて、今年の渋谷ハロウィーンでどのコスプレが流行したのかを調査すると、2022年10月31日22時11分に配信された日刊スポーツの記事で「街中アーニャだらけ」という文言が見受けられました[2]。「アーニャ」とは漫画及びアニメ作品『SPY×FAMILY』に登場する超能力少女アーニャ・フォージャーのことで、その小さくて丸顔のフォルムが人気を博しており、今年12月にはアーニャを育てるたまごっちが発売されるほどです。
これらの人気を踏まえ、比較対象として「ちいかわ」「アーニャ」の2つを用いることにします。「ずんだもん」の時と同様に算出すると、それぞれの属性値は以下のようになります。
以上、3つの属性値を比較すると、文字数の多さによる影響を差し引いても、ずんだもんは「湿度」「丸さ」「暖かさ」の3項目で数値の高さが突出しています。また、アーニャとは異なり「硬さ」「強さ」の2項目も低からぬ数値になっています。これらの結果を総合すると、「ずんだもん」という単語の響きには丸みがあり、私たちの心にウェットな暖かさをもたらすが、一方で硬さや強さといったインパクトも伴っているため、私たちの記憶に残りやすい音素構成となっている、と言えるでしょう。
前回ずんだもんを取り上げた記事ではずんだもんのコンテンツを利用している時にどう感じるかについての話をしましたが、今回行った音象徴の数値化から、ずんだもんは実はコンテンツを利用する前、名前を聞いた瞬間から人の心の奥深くに入り込むかもしれない、と推察されます。
・不憫でかわいいずんだもん
続いて、2つ目の「ずんだもんのバックボーン」についても考えていきましょう。このバックボーンとは、要するに設定のことです。それではここで、ずんだもんの公式設定を確認してみましょう[3][4]。
この設定で、特に注目すべきは「やや不幸属性が備わっており」の部分でしょう。この設定のせいで、公式・非公式問わず、ずんだもんは憂き目に遭ってしまいます。ただ、私はこの不幸属性がずんだもんの「かわいい」を特徴づけている重要な因子の1つであると考えています。
皆さんは、「不憫かわいい」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。読んで字のごとく、不憫さがかわいいことを意味し、ピクシブ百科事典では「キャラのコンプレックスや欠点にかえって惹かれてしまうかわいさの事」と紹介されています[5]。同ページで例示されているキャラクターとしては、主人公の設定なのに影が薄い赤座あかり(『ゆるゆり』)や、「大悪魔」を自称しているのに弱い、好物のメロンパンを野良犬に毎回奪われる、宿題をわざとやって来ずに廊下に立たされるなどいろいろ残念な胡桃沢・サタニキア・マクドウェル(『ガヴリールドロップアウト』)などが挙げられます。近年では『姫ヶ崎櫻子は今日も不憫可愛い』という漫画が登場するほど、「不憫かわいい」はかわいいを表すジャンルの1つとしてその地位を確立しつつあります。ずんだもんがもつかわいさにも、不憫かわいいが含まれると言って差し支えないでしょう。
「不憫かわいい」というジャンルの存在を認知したのはいいですが、それでは、なぜキャラクターが不憫だとかわいく思えてしまうのでしょうか。これを考える上で重要なのが、単語「かわいい」のルーツです。
大阪大学(論文執筆当時は広島大学)の入戸野宏教授によると、「かわいい」のルーツをさかのぼると「かわはゆし(顔映ゆし)」という単語に行き着くといいます。「かわはゆし」は平安時代まで「良心がとがめて顔が赤らむ」「恥ずかしい」という意味で用いられていましたが、それが鎌倉時代になると「見るに忍びない」という解釈から「不憫だ」の意味が登場します。続いて中世後半(安土桃山時代ごろ)になると、女性や子供といった弱者への憐れみから発した情愛の念を示す意味が登場しました。さらに江戸時代になると「かわはゆし」から「かわいい」へ変化し、江戸時代後半には不憫のニュアンスが消え、愛らしさを表す言葉として定着したといいます[6]。
ちなみに、欠落した「不憫」のニュアンスがどこへ行ったかというと、実は現代にもしっかりと受け継がれた言葉が存在します。それが「可哀想」です。中世後半から江戸時代にかけて「かわいい」という言葉が登場したと同時に、様態を表す「かわいそう」も登場し、愛情のニュアンスは前者に、不憫のニュアンスは後者に引き継がれて現在に至るのです。
要するに、「かわいい」の元となった言葉は不憫を表すものであったが、不憫の中から情愛のニュアンスが登場し、時代を経て情愛のニュアンスだけが残ったのが現在の「かわいい」なのです。したがって、「不憫」と「かわいい」は同じ茎から分岐した枝に過ぎず、現在用いられる「かわいい」には不憫のニュアンスが存在しないこともある(むしろその方が多い)とはいえ、2つの感情は非常に近しいものであると言えるでしょう。
さて、ここで本記事の着地点を見た一方で、新たな疑問も湧いてきます。それが、不憫を伴わない「かわいい」とは何か、というものです。近日投稿する記事では、この疑問について「ベビースキーマ」などかわいさの研究を引用しつつ、ロボット掃除機ルンバがなぜかわいいのか(!?)についてもご紹介していけたらと思っています。
また次回の記事も、ぜひご覧ください。
・参考文献およびクレジット
【参考文献】
[1] 小松孝徳、秋山広美、「ユーザの直感的表現を支援するオノマトペ意図理解システム」、情報処理学会シンポジウム論文集、2009(4);41-42, 2009
[2] 日刊スポーツ「渋谷ハロウィーン本番「街中アーニャだらけ。さすが渋谷、流行の先端」外国人コスプレも目立つ」、2022年10月31日22時11分配信、2022年11月6日閲覧https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202210310001484.html
[3] 東北ずん子(公式)(@t_zunko)Twitterより「ずんだもんは公式の設定では女の子ですが、男の子でも男の娘でも2次創作してもらって大丈夫ですよ☆(ゝω・)v」、2021年6月29日午後7時56分投稿
[4] 東北ずん子HP「キャラクターのボイスを使う」https://zunko.jp/con_voice.html
[5] ピクシブ百科事典「不憫かわいい」、2022年11月6日閲覧https://dic.pixiv.net/a/%E4%B8%8D%E6%86%AB%E3%81%8B%E3%82%8F%E3%81%84%E3%81%84
[6] 入戸野宏、「”かわいい”に対する行動科学的アプローチ」、広島大学大学院総合科学研究科紀要. I, 人間科学研究 4巻、p.19-35、2009
【使用させていただいた画像】
記事トップ画像:坂本アヒル 様