小児科医との会話記録
また子どもが少し総合病院に通院してた時、小児科部長が担当してくれたので、医療の受け方、育児全般相談乗ってもらった
私「いわゆる、登校しぶりなんですけど今は成人の科行ってて。児童専門医行った方がいいですかね?」
先生「この辺はないから、本当にかかりたいなら〇〇へ行くしかない(地元にはない)。あと数年したらこの子が選ぶよ」
私「ですかね。小児科から成人の科への移行って私はめちゃ苦労したから、そこの苦労考えるとなかなか決断できないっす。30代でも児童の科かかってる人いるけどどうなんですかね」
先生「小児科医ってのはさ、親切なわけ。まだ言葉を明確に話せない子どもに対して、あらゆる事を想定して治療にあたるから、全てをフォローするわけ。成人は話す人が大半だからさ、成人の科はそれがないわけ。で、皆つまずくってのはそこだけど、そういうもんだから
お母さんは、この子の目標をどこにおくの?」
私「大人になってなんとなくフラフラ生きられる事です」
先生「なら今学校行く行かないでどうのなんて、結果としては大きい事じゃない。
学校ってのはさ、世の中の平均値をとるわけ。大勢いる子どもを教育していくためには仕方ない事。この子がおかしいんじゃなくて、平均値から遠いってだけ」
私「うん。けどそれってこの子のいいとこをつぶしちゃうんじゃないかっていつも気になります」
先生「そう。結局は矯正…この子にとっては、平均値に近づけるための矯正に近い事をしてくわけ。結果、この子のいいところは薄れていく。大人になった時、お母さんが言うようにやってけるためにはさ」
私「あーーなるほど。考えてみます」
自分が子どもの頃、「この子には能力がある」と親が現実を見れなくて潰れていった子を何人も見た
そういう親は、天才というワードだけ見ていて、その能力が何か、どう伸ばすのか、その辺のことをしてなかった様に思う
天才というワードは親を救うけど、子がそれに振り回される結果になったら残念だなと思う
地に足をつけた育児をしたい
矯正というワードは強いけど、現実自分もそう生きてきたんだな、と
私自身の話すると発達って
さかなクンのように、突出した能力を見つけられない人が大半であって
一歩違えば生活困窮者なわけで
他人に、天才肌を求められるような時とか非常に萎える(むしろ不器用で天才じゃないから)
あなたの感動のために生きてるわけじゃない
「人とは違う人生」ではなく「誰もがオリジナルの人生」
天才でも矯正でもない、「この子」を育てていきたい
#子どもは全員天才
#人と違う人生ではなく
#一人ひとりオリジナルの人生