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Twitterで見た「ダンスの審査員」に対するコメント

Maa2です。
Twitterを徘徊してたらこんなツイートをみつけました。


これで引用できてる?のかな?
ツイートはこう続く。

これ、読む側がどんなダンス人生を送ってるかで受け取り方がすごく変わりそうだな、と思いました。

これを見て自分は「確かに」と感じました。
というのも、自分はダンス人生の半分以上を地方で、一時的には限界集落とまではいかないまでも僻地で踊っていました。

1番極端な例ですが、同じジャンルの人たちとの練習会に行くのに車でも片道3時間とかそのレベルです。

あまりに(当時は)栄えていない地方だったり、ド田舎すぎたりで、出るイベントなんで選べませんでした。
そもそもあまり上手くない、違うジャンルの人間が当然のようにジャッジして、総評で「俺のレッスンに来てないやつはしょぼかったからすぐ負けた!」と言っても通る世界でした。
ではその人がバトルに出るかと言われればそんなことはなく、なんとなく「レッスン持ってるからあの人は上手いはずだ!」というだけで何年もそんな状況。
どのバトルに出ても同じ人が審査している。

自分の友達は何人かそういうコメントを聞いたからか、確証はないですが、ダンスのコンテストやバトル、そういうものしか知らないままやめた人もいますし。

そういう審査員のことを思い出しながらこのツイート読むと、(ツイート主さんの意図と合っているのかは知りませんが)共感する部分が多かったです。

すと引用リツイートを見ると、結構賛否両論っぽく、中には論文みたいに長文書いてる割に何言ってるか一切わからない人もいたり。
まぁみんな熱く語ってるんだなと。

そんな中で目を引いたのが、
「オーガナイザーの需要を満たせてるならそれで良くないですか?」という、非常にごもっともな意見。
まぁ自分も意見には賛成ではありますが、
「選べない環境にいたことがないんだろうな」と感じました。
(念のためですが、この人を非難したり貶めたりする意図はありません。)
が、うまく言語化できないんですが、いろいろ選択肢を持っているからこそのドライさを感じました。

まぁダンスの環境なんて人それぞれではありますが、話を最初に戻しつつ、無責任な人がジャッジするのは嬉しくないなぁと思います。
責任もってやれ!とは思いませんが、ジャッジに慣れると需要と供給ズレてくることあるのでは。

もっと責任を感じられる環境になりますように。
そして、自分もジャッジを今度させていただくので、参加者の努力や表現、内面の熱い思いを見落とすことのないよう頑張ります。

見落とすことのないよう、迷いなく、良い姿、葛藤してる姿、足掻いている姿、全部価値あるものなのでしっかりと見せてください!

最初の話に正解はないのは百も承知ですが、考えさせられるキッカケとなりました!
自分も精進するぞ!!!

終わり!!!

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