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ルシアンホールディングス事件とM&A仲介の闇

ルシアンホールディングス事件の概要

2021年に設立されたルシアンホールディングスは、事業承継を理由にM&Aを積極的に展開し、全国の中小企業を次々と買収してきました。しかしM&A成立後に売り手企業から資金を抜き取る、経営者保証を解除しないなどの問題を頻繁に引き起こし、最終的には全国で30社以上の中小企業とトラブルに発展したとされています。2024年1月以降、ルシアンの代表者は音信不通となり、多くの買収先企業が倒産や経営難に陥る結果となりました。

多くの企業が、ルシアンの支配下で資金流出を強要され、経営が悪化。こうしたトラブルは、M&A仲介会社の不適切な支援体制や、メインバンクの無責任な関与が原因として社会問題になっています。

仲介会社の責任と「両手取引」の問題

ルシアンのような悪質な買い手に売却が成立してしまった背景には、M&A仲介会社の関与が見逃せません。仲介会社は成功報酬型のビジネスモデルであることから、売り手企業と買い手企業の双方から手数料を得る「両手取引」を行います。このため、仲介会社には売り手企業の利益を守るために買い手の信用調査やリスク評価を行う義務があるはずですが、その義務が果たされないまま、M&Aが進んでしまうことが多々あります。

ダイヤモンドオンラインの記事に記載されていた内田建設の事例では、メインバンクである城北信用金庫が紹介した仲介会社「ジャパンM&Aソリューション」が、ルシアンを内田建設の買い手としてマッチングしましたが、ルシアンの信用調査やリスク説明はなされなかったとのことです。内田建設はメインバンクの紹介だからと安心し、仲介会社を信用して契約を結びましたが、その結果、経営難に陥り、メインバンクが預金差し押さえや担保不動産の競売手続きまで進める事態に追い込まれています。

尚、ルシアン事件に絡む仲介会社ですが、上記ジャパンM&Aソリューションは2023年に上場している企業ですし、M&A仲介の最大手である日本M&AセンターM&A総合研究所ペアキャピタル(ルシアン事件後、上場廃止)などもルシアンと取引があったと言われています。

ルシアンの手口:資金流出と経営者保証の未解除

ルシアンの手口は主に2つありました。

  1. 資金抜き取り
    買収後、親会社であるルシアンが資金管理を行うと称し、買収先企業から資金を送金させ、その一部しか戻さないという手口です。このため、買収先企業は従業員給与の未払い、債務不履行、信用失墜に追い込まれました。

  2. 経営者保証の未解除
    通常、M&Aで会社を売却した場合、旧経営者が金融機関に提供していた「経営者保証」は解除されるべきです。しかし、ルシアンはその手続きを行わず、売却後も旧経営者が個人保証を負い続ける形にしていました。その結果、売却後も債務返済を迫られる事態となり、元経営者の個人資産まで危機にさらされました。

売り手企業が気を付けるべきポイント

1. 仲介会社への過信は禁物

仲介会社が紹介する買い手企業であっても、その信用度を鵜呑みにしてはいけません。仲介会社はM&Aが成立すれば報酬を得られるため、買い手の調査を省略しがちです。特に、両手取引の場合は、仲介会社の立場が中立ではなくなるため、売り手企業にとってリスクが高まります。買い手企業の財務状況や実績を、第三者の信用調査機関を通じて独自に確認することをお勧めします。

2. 契約内容の確認とリスク管理

契約書に「経営者保証の解除」「資金返還の条件」などの条項がしっかり盛り込まれているか確認しましょう。条件が曖昧なまま売却を進めると、後々トラブルが発生するリスクが高まります。法的なリスクについても、信頼できる弁護士に相談することが重要です。

3. メインバンクの紹介でも信用しすぎない

メインバンクが紹介する仲介会社や買い手企業であっても、信頼しすぎるのは危険です。メインバンクが必ずしも自社の利益を第一に考えてくれるとは限りません。信金や地銀が勧める案件でも、独自の判断基準を持つことが必要です。

日本製造のケース:M&A仲介業界に対する厳しい視線

日本製造のケースでも、ルシアンと同様に、M&A仲介会社が関与している点が問題視されています。同社は2017年の創業以来、延べ37社の中小企業を買収し、「ものづくりプラットフォーム」を掲げましたが、実態は買収先から資金を吸い上げる「M&A錬金術」だったとされています。

例えば、日本製造は傘下に収めた子会社に対し、資金が必要でないにもかかわらず、金融機関からの借り入れを強要。その資金を日本製造に送金させ、子会社は返済の負担だけを背負う形となりました。こうしたやり方は資金使途違反の可能性があり、関与した仲介会社もその責任を問われています。

中小企業庁の是正措置とM&A仲介業者への処分

2024年10月29日、中小企業庁は、不適切な買い手へのM&Aを仲介したとされる15社のM&A仲介事業者に対して「注意」処分を下しました。これは、ルシアンが中小企業の売却を繰り返し資金を抜き取る手法で全国的に問題を引き起こしたことを受けたものです。

被害者からの声:「処分が緩すぎる」

被害を受けた旧オーナーたちは、この「注意」処分に対し、「処分が緩すぎる」と不満の声を上げています。売却後に倒産へ追い込まれた企業の経営者の中には、経営者保証によって個人負債を返済し続ける羽目になった者も多く、仲介業者に対する厳罰を求める声が強まっています。M&A仲介事業者は本来、売り手企業にとって信頼できるパートナーであるべきですが、実態は「成功報酬」を得ることを最優先し、買い手の信用調査をおろそかにしていた疑いが浮かび上がっています。

中小企業庁の措置:支援機関登録の更新停止を警告

中小企業庁は、今回の措置の一環として、対象となった15社に対し、「事業承継・引き継ぎ支援センター」との連携を一時停止しました。さらに、来年度以降、必要な対策が講じられない場合は「支援機関」としての登録更新を行わない方針を明らかにしています。これは、M&A仲介業者の監視強化と、再発防止のための実効性ある対策を促すための措置といえますが、被害者からは「処分が甘すぎる」として、より具体的な対応を求める声も根強いのが現状です。

支援機関としての「信頼性」が問われる時代へ

M&Aは、中小企業にとって後継者不在の解決策として重要なアクションです。しかし、ルシアン事件に見られるように、M&A仲介業者がその責務を怠れば、売り手企業に甚大な損害を与える可能性があることが浮き彫りになりました。中小企業庁は、登録仲介会社の信頼性確保と、再発防止策の強化を急務としていますが、今後はM&A仲介業者に対する更なる監視やルール整備が求められるでしょう。



まとめ:売り手企業が自衛するためのアクション

ルシアン事件、日本製造のケースは、売り手企業がM&A仲介会社に過度な期待を持つべきではないという教訓を示しています。以下のアクションを取ることで、リスクを軽減できる可能性があります。

  1. 独自の信用調査を行う

  2. メインバンクや仲介会社のアドバイスを鵜呑みにしない(彼らはアドバイザーではなく中立的な「仲介」)

  3. 「M&A仲介」ではなく、経験豊富な「売手特化のアドバイザリー」に依頼する

中小企業のM&Aは後継者不足を解決する手段であり、国も推奨していますが、M&Aの過程で起こり得るリスクに注意を払い、慎重に進めることが重要です。悪質な買い手企業や利益を優先する仲介会社が存在する限り、自社を守るのは最終的には売手企業の責任です。
しかし売手自身がM&Aのノウハウを一から身につけるというのは非現実的であり、経験豊富な「売手特化のアドバイザリー」(「仲介」ではなく「FA(フィナンシャル・アドバイザリー)」)に依頼することをお勧めします。

「M&A仲介」と「アドバイザリー」の違いについては以下の記事もご参照ください。


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