実際にあった漫画のようなヤバいM&A
はじめに断っておくがこれは、私が携わったディールでもなければ、創作でもない。とても有名なディールのはずだが、私がこの話をしても、多くの人は信じて貰くれない。
時は2006年10月、リーマンショック前のミニバブルと呼ばれていた時代。グッドウィルという人材派遣会社があった。この経営者の折口雅博氏はとある案件に出会う。
それは京都の有名な同業の「クリスタル」という会社である。クリスタルは未上場ながらも5000億円以上のグループ売上があった。この会社のディールをなんとDDなしで案件持ち込みから1週間でクローズしたのだ。
この規模のディールで契約締結でなく、クローズまで1週間は恐らく海外でも前例がないと思うし、今後も現れない。
しかも、グッドウィルというか折口氏は、売主に一切会うことなく、これを決めている。金額は67%で880億円、これはほぼ全額銀行からのファイナンスで賄っている。むろん1週間で
折口氏がディールを決めるのに取得したのはグループ70社の納税証明書のみだった。クリスタルは会社法監査も受けていなかったので、監査済みの決算書がない、というか子会社に至っては決算書すらない。しかし納税額だけはごまかさないと踏んだ。
そこで納税証明書を全て取り寄せて、納税額が200億円以上あることを把握し、そこからグループ経常利益500億円と判断。これだけで880億円を振り込んだ。ちなみにこの推計は後の監査でほぼ一致していると分かる。
折口氏も凄いが、私は売主も凄いと思った。まず、普通なら会ったこともない相手に会社を売ることはしないし、知らない相手に1週間で決めない。そしてお互い詐欺のリスクを考えなかったのだろうか。私なら通常取引を知っているだけにこんなディールはありえないと全力で止めると思う。
しかし、これは詐欺でも何でもなく、たった1週間で人材派遣会社最大手が誕生する。
と、まあここまでが事件の序章である。ここから先はもっと凄い。
まず、このディールはなぜかファンド(というよりSPC)が先にオーナーから株を取得して、そのファンドからグッドウィルが株を買う形になっていた。これも普通では見られない取引だ。
このようなスキームになった建前としては、「売主は同業には売らない。上場を目指してくれる相手に売りたがっているからそれを隠すため」だそうだ。
いやいや、それをガン無視して同業とのディールを成立させようとするなよ、というツッコミは置いといて、上手くオーナーに説明してファンドが買うということにして騙したのだろう。まあ、これは100歩譲ってディールを成立させるための一つの取り組みとして分からないでもない。
ただ、実態はさらに悪質だった。なんと880億円のうち、オーナーに渡ったのはなんと500億円だけ。380億円を案件を仲介した公認会計士とそのビジネスパートナーの3人でガッポリ抜いていたのだ。ファンドを噛ませたのは売主を騙すためでもあったが、買主を騙して380億円を抜くためだった。しかも500億円で67%ではなく91%を取得していたため、131億円相当の株もネコババしていた。
このことに関して、クリスタルのオーナーはのちに激怒したというが、一応合法的な売買なので怒ったところでどうしようもない。一方、折口氏は知ったところでお構いなし。いくら抜かれようが880億円はお買い得だったと、なんなら1000億円でも買っていたと言わんばかりの勢い。
とまあ、ここまではギリギリギリ合法的な話。騙されるのが悪いのであって、納得して500億円で売ったのだからクリスタルのオーナーが怒るのも筋違いと言えなくもない。
しかし、さらに驚くべき事態が発生する。この売買を主導した公認会計士はこの380億円のうち自分の取り分の大半を脱税したのだ。
いやいやいや、公認会計士なのにバレないとでも思ったのだろうか。しかも、逮捕されると分かると海外逃亡し、国際指名手配され香港で逮捕、懲役3年の実刑判決というこち亀の両津もビックリの結末を迎えた。
ちなみに、このM&A数年後、グッドウィルは介護保険の不正事件をきっかけに倒産した。そして、そのグッドウィルを買収したUTグループは再建が一時倒産の危機に陥った。
ちなみにUTの若山社長はクリスタル出身者だが、買収した当時のグッドウィルからはクリスタル部門は切り離されており、現在のテクノプロになっている。こちらは順調に再建された。
とまあ、エピソードのどれひとつを取っても、今ではあり得ないし、信じられないのだが、全てが事実なのであるから驚きだ。
結末だけ見ると500億円しか手に入らなかったクリスタルのオーナーが実は一番いい人生を送っているのかもしれない。実はクリスタルはコンプラ軽視の営業実態で、後々大幅な改革を迫られている。製造派遣の最大手だっただけにダメージも大きく、リーマンショックの派遣切りも乗り越えられたか分からない。もしかしたら、最高の売り時だったのかもしれない。
最後にM&Aアドバイザーとしての考察をまとめます。
①クリスタルの株式価値約500億円は安すぎるから、抜きたくなる気持ちもわかる
→間に入った会計士は、クリスタルの株式価値を理解していたと思われます。いくら借入金があったのか分かりませんが、営業利益500億円の会社を500億円でいいと言われたら、もっと高く売れると言わずに自分で買って転売した方がいいと思うのは私も同じです。しかし、流石に同じことをやる度胸はありません。私は優しいのでそりゃ安すぎますよと言ってしまうと思うが、この仕事の利益率は青天井だ。
②株式価値1300億円は妥当か。
一方で折口氏が払った880億円(100%株式価値1300億円)はどうか。少し後の2007年12月にリクルートがスタッフサービスを1700億円(80%)でM&Aしている。これは当時国内最大のM&Aだったと記憶している。
この時のスタッフサービスの売上は3234億円だ。売り上げだけ見ればクリスタルの方が大きいし、利益率もそう変わらなかったと思われる。そう考えるとクリスタルは1300億円でも安かった。
②DDなしで買うことは出来るか
→数千万円のM&AならDDなしで決まることはあり得るが、1000億円規模ではこれからもあり得ないだろう。これは折口さんだからできたわけで、普通の経営者は絶対出来ない。と思ったのだが、成立するかは別として孫正義はボーダフォンを、堀江貴文はニッポン放送を同じようなスピード感で決めて買っていたのだとも思う。
DDという外形的な手続きを踏まなければならないだけであって、お得だと思った案件はDDレポートなど見るまでもなくこの値段なら買うという結論ありきで決まっているような気がする。
③双方、会わずに決められるか?
→よく考えればオーナー同士が会うという儀式は中小企業のM&A特有のことなのかもしれない。大きなディールになればなるほど、トップ同士が会う必要はないし、むしろ合わない方がスムーズに決まる気がする。
④本当に凄いのは売主?
→売主は騙されたことになっているが、実際のところそれだけ売り急いでいたのかもしれない。DDなしの理由はDDによって売却が内部に広がり組織が崩壊することを恐れていたという。その当時からクリスタルはコンプラ無視の問題だらけの会社として認識されていた。その上あの規模となると買い手は限られる。その意味でグッドウィルのようなさっさと決めてくれる相手は渡に船だった可能性がある。約半分を仲介に抜かれたわけだがあのタイミングを逃していたら恐らく売れずにいたので、リーマンショックを経て大変なことになっていた可能性が高い。安いと思いながらも野生の勘で目を瞑って売ったのだとしたら、本当に凄いのは売主の方かもしれない。
以上です。本当にあった嘘のような話。ある時、クリスタル出身の某上場企業の社長に酒席で話そうとしたら、そんなことどうでもいいから俺の話を聞けと言われました。(先述の若山社長ではない)