人的資本の基礎知識とその重要性
△概要
人的資本とは、人間の持つ能力、才能、知識、体力を指し、企業が生産設備に投資するように、人にも投資することでその価値を高める考え方です。人的資本は「一般的人的資本」と「企業特殊的人的資本」に分かれ、前者は市場性が高く、どの企業でも価値を生む一方、後者は特定の企業内でのみ生産性を発揮します。日本企業は社内研修を通じて企業特殊的人的資本を伸ばしてきましたが、環境変化に対応するためには一般的人的資本も重要です。人的資本は経年劣化し、1年間で38%も陳腐化するため、継続的な投資が必要です。日本の報酬制度は市場価値と賃金に乖離があり、若者に投資し中高年で回収する仕組みですが、転職市場の活発化によりこの制度の維持が難しくなっています。人的資本の適材適所を進めるためには労働市場の流動性が重要であり、人的資本投資は物的資本投資の収益率を上回ることが知られています。企業は人的資本経営に取り組み、その進捗を示す必要があります。
□人的資本とは何か
○人的資本は、人間の持つ能力や知識、体力を指し、企業が生産設備に投資するように、人にも投資することでその価値を高める考え方です。人的資本は「一般的人的資本」と「企業特殊的人的資本」に分かれます。一般的人的資本は市場性が高く、どの企業でも価値を生むことができ、教育や資格がこれに該当します。一方、企業特殊的人的資本は特定の企業内でのみ生産性を発揮し、長く勤めるほど高収入を得やすくなります。日本企業は社内研修を通じて企業特殊的人的資本を伸ばしてきましたが、環境変化に対応するためには一般的人的資本も重要です。
□人的資本の陳腐化とその対策
○人的資本は経年劣化し、1年間で38%も陳腐化するという研究結果があります。これは、機械や生産設備の減価償却と同様に、人的資本も時間とともに価値が減少することを意味します。陳腐化を防ぐためには、継続的な投資と定期的なメンテナンスが必要です。特に、一般的人的資本は放っておくとどんどん陳腐化してしまうため、企業は新しいスキルや知識を提供し続けることが重要です。人的資本をストックとフローに分けて考え、流出する分を補うための新規投資が求められます。
□日本の報酬制度と人的資本投資
○日本の報酬制度は市場価値と賃金に乖離があり、若者に投資し中高年で回収する仕組みになっています。新卒で入社した際は「修行期間」として生産性を下回る給料を受け取り、中高年になると生産性以上の報酬を受け取ることになります。しかし、転職市場の活発化により、この制度の維持が難しくなっています。賃金が生産性に見合っていないと転職されやすくなるため、賃金と生産性を一致させることが重要です。これにより、どの年代でも人的資本の投資対象となり得ます。
□労働市場の流動性と生産性
○労働市場の流動性は生産性と正の相関があり、流動性が高ければ人的資本の適材適所が進み、企業は効率的に生産活動を行うことができます。ただし、極端に流動性が高い市場は望ましくなく、人的資本の蓄積が伴わないと生産性向上には結びつきません。人的資本と物的資本は相互補完の関係にあり、人的資本投資は物的資本投資の収益率を上回ることが知られています。技術の新陳代謝に迅速に対応し、新技術を積極的に使いこなすためには人的資本投資が欠かせません。
□人的資本経営の重要性
○1980年代のバブル期に日本は新規採用を増やし、人的資本のストックが増えましたが、バブル崩壊後はストック過多な状態になりました。労働市場の流動性が低いため、増えすぎたストックを減らすのに時間がかかり、人的資本の陳腐化が進みました。成長しないから投資しない、投資しないから成長しないという悪循環から抜け出すためには、企業は人的資本経営に取り組み、その進捗を内外に示す必要があります。人的資本の可視化が進むことで、企業価値の向上につながります。